第十六章 霊媒師 弥生の気持ち

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今、この部屋は非常に混乱している。 奥様のいるジャッキーさんに長年片想い中の弥生さんは、アナタの子供が欲しいですと願って以来、距離を置かれていた。 恋愛のパワーバランスで言えば、弥生さんは圧倒的な弱者であって、切ない想いを重ねてきた。 なのに今、そのバランスが崩壊している。 穏やかで優しいはずのジャッキーさんは、フルマラソンでも走ってきたかのように汗だくで、インターホンも鳴らさずに、おそらく合鍵で押し入ってきた(なんで持ってるんだよ)。 そして”おじゃまします”も”こんばんは”もなく、開口一発、”部屋に男を入れるなと言ったよな?”と、弥生さんの腕を掴んでガチギレで詰め寄っているのだ。 ココだけ見たら、まるで彼女にゾッコンのヤキモチ彼氏が、キレまくってるみたいじゃない? ジャッキーさんの気持ちが読めない。 「ジャッキー、またウサギ使ってこの部屋見たんだろ! 監視は飲みに行った時だけじゃなかったの!?」 ウサギで監視……? あっ! もしかして、さっき弥生さんのリュックが光ったアレは緑色だった。 緑と言えばジャッキーさんの霊力が発動される時の固定カラーだ(弥生さんは紫、水渦(みうず)さんは青、社長は赤ね)。 スマホのライトかと思っていたけど、ジャッキーさんがウサギにログインした瞬間だったんだ。 弥生さんはジャッキーさんから貰った大事なウサギをいつだって持ち歩いている、それがリュックに入ったままでいた。 転がるリュックを改めて見れば、閉じていたはずのファスナーが開いているし、小さなウサギは床の上に倒れていた。 憑依の達人はウサギの中から、僕達を視ていたのだろう(水渦(みうず)さんかよ)。 弥生さんの言葉から推測するに、ウサギ監視は飲みに行った時は許可するも、部屋にいる時は許可しない。 その約束を破ってジャッキーさんは遠隔でウサギに入り込んだ。 部屋の様子を窺うと、いてはいけないはずの男、すなわち僕の声を聞き姿を視た。 よく分からないけど、ジャッキーさんと弥生さんの間で、この部屋に男性を入れないという約束事があったんだろう。 それで慌てて……というか、慌てるすっ飛ばしてガチギレしながら、自宅から弥生さんのアパートまで走ってきちゃったのか。 ジャッキーさん的に、僕を男としてカウントしてくれたって事はありがたいけど、間違いなんか起こるはずがない。 生物学上は男だけど、もっと冷静に考えてください。 確かにちょっと、弥生さん色っぽいなーなんて思ったけど、それ以上に僕は、猫の下僕で恋愛ポンコツですよ? そんな事はあり得ません。
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