2367人が本棚に入れています
本棚に追加
「待ってください。このまま何もかも弥生さんのせいにして帰るつもりですか? 確かに唐突だったかもしれないけど、話くらい聞いてあげても、」
大きな背中に投げた言葉。
ジャッキーさんは歩を止めて振りかえる。
「マジョリカを口寄せ? 冗談にもならない。今夜は帰る、何も話す事はないよ。
自分はただ、妻を守りたいだけだ。マジョリカを巻き込みたくない、心配をかけたくないし泣かせたくもない。それとエイミーさん、弥生に同情してるのかもしれないが、大して事情も知らないのに首を突っ込まないでくれ、迷惑だ」
殺し屋の眼力で一気に喋ったジャッキーさんは、これ以上の反論をするならコロス、の圧をかけてきた。
こんなにバッサリ斬り捨てるなんて。
僕の勘違いだったのかな……この人は弥生さんの事が好きだと思っていたのに。
「ジャッキー、5分だけ待ってくれないかな、」
頬に涙のあとをつける弥生さんが、ジャッキーさんを呼び止めた。
弥生さんは開けたクローゼットから、何枚かの服と文庫本数冊を取り出し紙袋に丁寧に詰めると、ジャッキーさんに「はい、」と差し出した。
「これ……借りてた服とか本とか。ずっと返さないでごめんね。持って帰って、」
何も答えないまま数秒の間を置いて、大きな手が紙袋を受け取った。
弥生さんは、グズグズと鼻をすすり目を擦り、なんとかコトバを繋げる。
「……長い間つきまとってごめんな。今までたくさん迷惑かけたのに、優しくしてくれてありがとう。安心して……アタシもう子供が欲しいなんて言わない、もうマジョリカに会いたいなんて言わない、アンタの大事な奥さんを巻き込む事もしない。全部アタシが悪かった。もう会わない。会社も辞めるし、部屋も引っ越す。二度とアンタの前に姿を見せない。これが、」
”これが最後だ”、と泣き笑う弥生さんだが……会社を辞める?
いや、それは違うんじゃないの?
なんで弥生さんが辞めるの?
そこまでする必要はないでしょう?
「弥生……おまえが仕事を辞める事はないよ。辞めるなら自分だ」
ジャッキーさんから圧が消え、一歩二歩と弥生さんに近いた。
「ううん、ジャッキーが辞めるなんて言ったら誠が暴れるよ。会社への貢献度はジャッキーの方が上だ。アタシみたいなテキトウ霊媒師とは違う。良い機会だよ、幽霊相手の仕事はもう飽きたんだ。それに……このまま仕事を続ければ、そのうち嫌でも会っちゃうだろう?」
「…………別に、会ったっていいじゃないか」
「ダメだよ。顔見たらまた好きって言っちゃう」
「…………そんなの、もう慣れた。言ったって構わないよ」
「ダーメ、そうやって優しくするから。……顔見たら、好きっだって、アンタの子供が欲しいって思っちゃう。だけど、それはどうしたって叶わないんだろう?」
「……………………」
「ああ、ごめん。また困らせた。もう、いいんだ。ぜんぶなかったコトにしようよ。……アンタのあんなに怒った顔、初めて見たもの。マジョリカの事がすごく大事なんだなぁって……そりゃ知ってたけど、アタシの思ってたのより、もっともっとだった。今までジャッキーをいっぱい困らせた、ごめんね。もうこれ以上困らせたくないよ」
「……………………困る時も確かにあった。だがそれ以上に、」
「いいから。もう優しくしないで、本当に。決心鈍らせないで、お願いだから。アタシ、今度こそジャッキーを忘れる努力をするよ」
最初のコメントを投稿しよう!