第十六章 霊媒師 弥生の気持ち

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「あの後ね、アタシとジャッキーは一晩中話をしたんだ」 本当にいっぱい話したよ。 初めて会った廃ビルの夜のコト。 ジャッキーを襲った悪霊四体をアタシが瞬殺したコト。 そのまま飲みに連れてって、寝かせもしないで先代に会わせたコト。 ジャッキーが入社して、教育担当のアタシが厳しかったコト。 研修が終わっても、いつも一緒だったツーマンセル。 実はアタシがそう仕向けていたってコト。 実践を重ねるたびに強くなっていくジャッキー。 後から入ったクセに、現場では何度もアタシを庇い守ってくれた。 たわいない話が尽きなくて、好きな食べ物もお酒も驚くくらい同じで、それがアタシには特別に感じて、それがすごく嬉しくて、一緒にいればいる程、どんどんジャッキーに惹かれていった。 出逢って一年が経ち、アタシが我慢できずに告白したけど振られちゃって、それからジャッキーに避けられたコト。 それでもう終わるはずだった、なのに五年前。 三カ月間の訓練が再び二人を繋げてしまったコト。 だけどそれは決して幸せに繋がる道じゃなかった。 ”好き”をぶつけるアタシは独りで泣く程辛くって、 ”好きじゃないふり”をするジャッキーもおんなじで、 アイツはそれだけじゃない。 マジョリカをすごくすごく愛していて、愛してる分だけ、自分を責めていたんだ。 ジャッキーも話してくれた。 アタシがせがんだ、ぜんぶ話してくれって。 ぜんぶ知りたい、事故の事も、マジョリカの事も、なにもかも。 弥生には辛いよって言ったけど、それでも良いと思った。 最初に聞いたのは事故の事だ。 エイミーちゃんじゃないけど、簡単に聞いて良い事じゃない。 ジャッキーの足の原因だもの、深くはずっと聞けずにいた。 だけどアタシはそれを聞いたんだ、アイツの辛かった事も知りたかったから。 スタントマンの仕事はジャッキーにとって天職であり、生きがいであり、自分を高めてくれるものであり、人生のすべてだったんだって。 貰える仕事はなんでも喜んでやった。 他のスタントマンが断る仕事でもジャッキーは断らない。 自分と、支えてくれるスタッフと、神を信じて現場に立った、そう言ってた。 無敵のスタントを誇っていたのに、起きた事故はジャッキーのスタントマン人生を終わらせた。 それはカーアクションのスタントだった。 メーター振り切るスピードで、最後はセットに突っ込んで、爆発炎上させたらカメラが止まる。 見た目の炎は派手だけど、落ち着いて行動すれば、いつものように脱出できるはずだった。 爆発の伴うアクションは初めてじゃない。 なのにいつもとまるで違う、炎の勢いが全然違う。 フロントガラスが真っ赤になって、車の中は地獄の釜そのもので、衝撃は車体を歪ませたのかドアも開かない。 人を守るはずの四点止めのシートベルトも、焼かれて死ぬのを望むように外れてくれない。 ジャッキーはこの時初めて現場で叫んだ。 何を叫んだのかは覚えていない、『たすけて』多分そう言ったんだと。 だけど耳に響く声はコトバになっていなかった。 後部座席が燃えだして、更に叫んで、そのすぐ後、膝から下に激痛が走り、見れば衣装のパンツが燃えていた。 必死に手で払い火を消そうとしたけど消えなくて、すぐ背中にも炎があって、髪の焦げる臭いが鼻をつき、身体は拘束されたまま、いつ車が爆発してもおかしくなくて、恐怖で頭がおかしくなって、追い詰められて。 死ぬんだと覚悟をした時、炎が白い靄に入れ替わった。 圧倒的な力で運転席のドアが外側から開けられて、ジャッキーは無数の手によって外に引きずり出されたんだ。 消火器を膝から下に掛けられて、何度も何度も名前を呼ばれたって。 それを最後に、ジャッキーは気を失った。
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