第十六章 霊媒師 弥生の気持ち

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ジャッキーは元喫煙者なんだ。 かなりのヘビースモーカーで一日二箱は吸ってたって。 アタシももうやめたけど、やめる前からジャッキーの前じゃ吸わないようにしててさ、……あ、別に可愛く見られたいとかじゃないからな。 …………アイツさ、火を怖がるんだよ。 料理は大丈夫なんだ、いや、大丈夫じゃないけど頑張ってる。 だけど顔の近くに火が来るのは本当にダメ。 アイツが火を見て怯えるのが切なくて、車の事故が原因だとは聞いていたけど、初めてちゃんと全部聞いて……アタシ、辛くてめちゃくちゃ泣いちゃったよ。 酷すぎる火傷と粉砕骨折ともろもろと、切断を余儀なくされたジャッキーは、家族に介助を受けながらリハビリをしてたんだ。 辛いよな、本人も、家族も。 トイレとか、お風呂とか、そういうの辛いよな。 ある程度身体が回復して義足に切り替えて。 再就職もしたけど続かなかったって。 スタントマンの仕事しかしてこなかったから、一日中机に座って事務仕事が辛くって、嫌すぎて吐き気もして、会社に行こうとしても家からどうしても出られなくなって、そのまま引きこもりになったんだ。 家族には泣かれ呆れられ、仕事しろって怒られて、近所にも恥ずかしいって。 辛いのはお前だけじゃない、世の中にはもっと辛い人が……とも言われて。 そんな理屈、ジャッキーだって分かってた。 でも身体が、心が、どうしても言う事聞いてくれない。 そうやって責められているうちに、家族も近所の人も友達も、赤の他人までもがジャッキーを馬鹿にしているみたいで辛くって、だけど仕方ない……馬鹿にされるような事をしてるんだ。 家族の、社会のお荷物なんだからと、自分を責めることで保ってたんだ。 なんで事故の時に死ねなかったんだろう、と、ずっと毎日自分を責めて、恥じて、消え入りたくて。 仕事もしていないのに、引きこもっているのに、一丁前にお腹は空く。 それが恥ずかしくて、申し訳なくて、だけど空腹には勝てなくて、自室ドアの前に置かれた食事を音もたてずに咀嚼して、味なんか分からなくて、惨めで辛くて、これからどう生きていけばいいか見当もつかない。 一日中引きこもる。 一分一秒が永遠に感じる、やる事が無い。 テレビをつければ憂鬱になる。 見知った顔が画面に映る。 現場で一緒になった女優さんや俳優さんは堂々と笑ってて、ドラマを見れば、うまく顔を隠したアングルでアクションをする元仲間達。 みんな立派な足を持っている、みんな立派に仕事をしてる、自分は? 引いたままのカーテンは光を拒み、穴倉のような部屋の中、隠れるように生活してる、いや生活させて貰ってる、養って貰ってるんだ。 その頃だって。 アイツが二次元にハマっていったのは。 アニメならキラキラ輝く元仲間達を見なくてすむから。 そこまで聞いて、アタシはまた大泣きしちゃったんだ。 だって辛いよ、ジャッキーがそんな思いをしてたなんて知らなくて、出逢ってすぐの頃。 元引きこもりだって聞いた時、考え無しのアタシは”大変だったね”って流したんだ、本当に酷い女だよ。 30代はまだ良かったんだって。 何が良いのかは分からないけど、誕生日が来て40才になって、これからの人生をどう生きて良いか、どう生きていけるのかが分からなくて、夜中に近所を徘徊して、行きついた廃ビルで悪霊達に殺されて、黄泉の国へに逝ったんだ。 光る道を走って走って、気が付けば見た事のない星に辿り着き、そこが黄泉の国だった。 そして……そこで迎えてくれた一人の美しい女の子、それがマジョリカだった。
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