第十六章 霊媒師 弥生の気持ち

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「少しだけです。そのまま霊視(みて)も良かったのですが、二人の雰囲気がおかしくて即閉じました。ですが奥様の容姿はよく覚えています。美しい女性でした。大倉さんなど足元にも及ばないくらいに」 そういや打ち上げの時に言ってたな。 ジャッキーさんを霊視しかけて、途中でやめたって。 ”夜の大草原に美女と二人……”とかなんとか言っていた。 その美女が奥様なんだ。 「……おまえはマジョリカを視たんだな、」 水渦(みうず)さんに負けず劣らず、眉間に深くシワを寄せる弥生さんは、怒りを色濃く見せていた。 「大倉さんは視た事がないのですか? なぜ? 気になるなら視たらいいじゃないですか。一体なんの為の霊力(ちから)です?」 心底不思議そうな顔をして疑問を投げる。 「アタシは視ない、誰かを霊視して良いのは仕事で必要な時だけだ。興味本位で本人の許可も取らずに霊視するのは間違ってる」 普通はそうだよねぇ……なのに。 「ご立派ですこと。気になって仕方がないのに痩せ我慢ですか。分かりません……大倉さんは志村さんが好きなのですよね? ですが奥様がいて思うようにならないのでしょう? だったら奥様を滅してしまえばいいじゃないですか。ただの死者なのだから」 瞬間的に空気が凍った。 人としてあるまじき発言だ。 これは……庇いきれないよ。 「滅して……? おまえ……ナニ言ってるんだ……? 自分が何言ってるのか解ってるのか……? オイ……ふざけるなよ……!」 前に比べればだいぶマシになった水渦(みうず)さんだが、いまだこういう事を言ってしまう。 弥生さんの怒りはもうすぐ頂点に達しそうだった。 「何って解りませんか? ああ、それとも。大倉さんが滅してしまっては、後から志村さんにバレた時に困るから躊躇してると。では私が滅しましょうか? 依頼してくださればすぐにでも、」 「黙れっ!! なんでそういう考えになるんだよっ!! マジョリカはジャッキーにとって大事な奥さんなんだよっ!! 死者だから滅していいとかオカシイだろっ!! おまえアタマ大丈夫か……?」 あまりにもな発言に弥生さんの怒りは頂点を越え、越えすぎて萎えた。 「……話にならないわ。もういい、誠んとこ行ってくる」 出現させた霊刀を使う事なく消滅させた弥生さんは、そのまま研修室を出て行った。 残された僕は、同じく部屋にとどまる水渦(みうず)さんに声を掛けた。 「さっきのは……さすがに駄目ですよ」 「……奥様を滅する、というくだりでしょうか?」 キョトンとした顔で僕を見る水渦(みうず)さん。 それ以外に何があるってのよ。 「そうです。新人の僕が生意気を承知で言わせてもらいます。ねぇ、水渦(みうず)さん。僕らは霊媒師でしょう? 死者を視て、声を聴いて、命はなくても確かにそこにいるでしょう? 僕らと同じ人なんですよ。簡単に滅して良いはずがない。水渦(みうず)さんにとって、どうでもいい死者(ひと)でも、誰かにとってはとても大事な死者(ひと)かもしれないんだ」 打っても響かない、といった表情だ。 僕の話している事が理解出来ないのか、それとも解っていてとぼけているのか判断がつかない。 ジャッキーさんと三人で打ち上げをした時、ムキになってゲームをして、勝てば嬉しそうに笑っていたのに。 ジャッキーさんの作ってくれたゴハンをみんなで笑いながら食べたのに。 決して根っからの悪人じゃないはずなんだ。 なのに、どうしてああいう事を言ってしまうのだろう。
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