第十六章 霊媒師 弥生の気持ち

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弥生さんに抱っこされるヤヨちゃんは、両手両足を弥生さんに絡みつけ、ぎゅっとしたまま離れようとしない。 「ヤヨちゃんは甘えん坊だなぁ。今日はアタシの会社のエイミーちゃんもいるんだよ。ご挨拶できる? ん?」 弥生さんの首元に顔を押し付けていたヤヨちゃんは、うん、と首を縦に振った。 「じゃあ、おんり」とヤヨちゃんを地に降ろすと、僕に向かっておしゃまにおじぎをしてくれた。 「エイミーちゃん、この子がヤヨちゃん。アタシの守護だ。ヤヨちゃんは声が出せない。かわりに空から文字を降らせて伝えてくれる。さっきから花びらみたいに宙を舞っているのは全部ヤヨちゃんが喋っているコトバだ。けっこうよくしゃべるからな。エイミーちゃん、ヤヨちゃんがご挨拶するって。文字を追ってあげて」 さっきから舞っていた花びらは、確かにそれぞれシルエットが違っていた。 はらりはらりと動いていたから分からなかったが、注意してよく見れば平仮名と片仮名の文字に視える。 あれは全部ヤヨちゃんが発していた言葉だったのか。 今から僕にご挨拶……ってコトは、空から文字が降ってくるのだな。 僕の目の前まで来たヤヨちゃんは、首が痛くなるんじゃないかってくらい見上げてくれて、そして。 【えいみ エイミ はじメまして ヤヨイはヤヨイだよ やよいのなかデみていたよ シチューありがと】 ヤヨちゃんの名前は”ヤヨイ”ちゃんなのか。 名前まで弥生さんと同じだ。 ヤヨちゃんのご挨拶は天から縦書きにゆっくりと降り、地についてもそれは消えずに積みあがっていく。 「はじめまして、僕は岡村英海(ひでみ)です。エイミーでも岡村でもなんでも好きなように呼んでね。今日は会えて嬉しいよ」 僕もペコっと頭を下げる。 するとヤヨちゃんは嬉しそうにニコッと笑い、 【えいみ チカラ いっぱいモッテル てんてんてん でも まだ だせてない】 「そうなの? 僕の中にまだ霊力(ちから)があるの? じゃあ、頑張って引き出さないとね」 【きをつけて ちから つヨスぎ まちがえルと のまれる】 「飲まれる……? 怖いな、ありがとう。気を付けるね」 【しちゅー また たべたい】 「話飛ぶな。弥生さんにそっくりだ。いいよ、またシチュー作ってあげる」 【うん えへへ ウレシイ】 モジモジと嬉しがる仕草は、弥生さんに少し似ている。 てか、ヤヨちゃんって弥生さんのお子さん? ジャッキーさんの子供が欲しいとか言っといて、もう一人いるじゃーん。 しかも可愛いし礼儀正しい。 弥生さんの事が大好きみたいで、ご挨拶が終わった途端、踵を返し、弥生さんの細い脚にしがみついてニコニコしている。 そんなヤヨちゃんを覗き込むように腰を曲げた弥生さんは、 「ヤヨちゃん、今日はね、お願いがあって呼んだんだ。黄泉の国まで逝ってマジョリカを連れてきてほしい。マジョリカ・ビアンコ。ジャッキーの奥さんだ」 と言って、ヤヨちゃんの頭を撫ぜた。 【まじょりか まじょりかびあんこ ジャッキのおくさん ヨミのクニにいる んー てんてんてん やよいと けんかにナル やだ くちよせしない】 ぷいっと顔をそむけて、頬っぺたを膨らましている。 守護さんって……けっこう自分の言いたい事言うんだなぁ。 「えぇ!? ちょ! ヤヨちゃん、今まで口寄せヤダって言った事ないじゃんか! 喧嘩になるの? アタシとマジョリカが? まぁ……なりそうだけどさ。大丈夫だよ。仲良くするからっ! だから連れてきて? ん?」 大慌てで、本当に守れるんかいって約束をしようとする弥生さん。 仲良くなんて出来るのぉ? 【なかよく する? ほんと? やよい けんかスキ あやしい】 やん、ヤヨちゃんって弥生さんをよく解ってるんだねぇ。 あのね、ヤヨちゃん。 今日、弥生さんは水渦(みうず)さんと喧嘩したんだよ。 本当に気が短いよねぇ。 叱ってやってぇ。
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