第十六章 霊媒師 弥生の気持ち

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再び沈黙。 引きこもり時代のジャッキーさんではないが、一分一秒が長い。 無表情で弥生さんを視続けるマジョリカさん、その視線に捕らわれた弥生さんは、それでも真っ直ぐに、昼間水渦(みうず)さんを見た時のような険は無く視つめ返していた。 次に言葉を発したのはマジョリカさんだった。 『担当……か。まるで他人事だね。ウチは大倉弥生に会いに来たんだよ。どうして死者のウチが、わざわざ知り合ったばかりの平蔵に無理を言ってまで、現世に口寄せを依頼したのか……その意味は解るよね?』 とてつもなく冷たい目をしていた。 冷たさの奥には怒りと悲しみを混ぜ合わせたような色が視え、唇は小刻みに震えている。 目が真っ赤なのは涙を堪えているのかもしれない。 『返事もなし? それとも後ろめたくて何も言えない? 自分が悪いコトしたって自覚があるから? 知ってるよね? ジャッキはさ、ウチの旦那さんだよ』 斬り込んできた。 何も言い返せない一言だ。 『結婚して八年になる……黄泉と現世でウチラは離ればなれだけど、ずっと上手くいってたんだ。ジャッキは現世に行く時に、ウチしか抱けない、ウチしか愛せない、それから浮気はしないって。ウチはそれをずっと信じてた』 ジャッキーさん、そんな事言ったんだ。 弥生さん、すごく辛そうだ。 『八年……ずっと逢えなくて淋しいよ。だけど、いつかは逢える、その時が来たらずっと一緒にいれるんだ、それまでは我慢だって。黄泉には沢山友達がいるし、仕事もあるから、忙しくしてれば大丈夫っだって、言い聞かせてた』 そうだよね。 淋しくて当然だよ。 友達と会ったり仕事を頑張って気を紛らわしてたんだ。 弥生さんを睨みつけるマジョリカさんは、それからしばらく黙っていた。 そして、 『ジャッキの顔は視れないけど……ま、毎晩……毎晩……お、お喋りして……眠る前は……、』 ああ……感情が込み上げてきたのか、途中言葉が途切れ途切れになる。 目はさっきよりも赤く、二色の瞳には涙が溜まり時折上を向く。 もう一言でも発すれば、瞬き一つでもしてしまえば、きっと涙が零れてしまう。 『……眠る前には……お互い「愛してる」って……そう……気持ちを、……あ、愛情を……確かめ合ってた、……淋しいけど……きっと、ジャッキは……現世で頑張ってる、せっかく生きてるんだ……す、好きな事いっぱい、してきてほしいと思ってた……だけど……なのに……』 最初こそ淡々と、冷静な態度だったマジョリカさんだったが、その仮面は早くも崩れ去った。 とうとう零れた涙はボロボロと、唇が、細い肩が、両膝が、気の毒になるくらい震えている。 両の手のひらで懸命に涙を拭っているのだが、その姿は儚くて頼りなく、まるで迷子の少女のようだった。
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