第十六章 霊媒師 弥生の気持ち

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「あの、お話中に割り込んですみません。ジャッキーさんの後輩で、株式会社おくりびの岡村です。マジョリカさん、少しお聞きしたい事があるんですが良いですか?」 突然話かけたにも関わらず、マジョリカさんは『うん、いいよ。なに?』と、涙の跡は残すものの柔らかい表情で僕を視た。 この人……弥生さんの仲間は同じく敵だ、とはならないんだな。 弥生さんと同じ顔したヤヨちゃんにも優しかった。 すごく公平な女性なんだ。 弥生さんの「なにを言う気だよ?」という顔を横目で見つつ、マジョリカさんに質問を投げる。 「まず黄泉の国って一日は何時間ですか?」 『一日の時間? 地球と同じ24時間だよ。ウチが住んでいる地域は、数分の差はあるけど日本と同じ時を刻む。だから時差もなく毎晩ジャッキとお喋り出来たの』 「分かりました、ありがとうございます。では次に、ジャッキーさんから連絡が無かったのは、もしかして7日前が最初です?」 弥生さんとジャッキーさんが、”もう逢わない”と話し合ったのが7日前だ。 ジャッキーさんは多分、この夜にマジョリカさんに連絡が出来なかったと予想。 『ん……そう、7日前。そこから更に3日無かったんだ。4日目でやっと連絡があったの。だけどそれからまた……連絡が無い。こんな事初めてだ』 「そうですか……辛いですね」 『……うん、辛いよ。今、何を考えてるんだろう……?』 「ジャッキーさんはその時、他になにか話してました? 例えば……マジョリカさんとのこれからの事とか。もしくは弥生さんとのこれからでもいいですが」 最後の一言に弥生さんが僕を睨む。 や、ごめん、怒らないで。 『……大倉弥生の事は……もう会わないとだけ言ってた。ジャッキはさ……普段お喋りしてても自分の話なんてしないんだ。だけどあの日は「もうマジョにも誰にも嘘をつきたくない」それと「信じてほしい、マジョリカを変わらず愛してる」って、そればっかり言ってた。ウチ……なんであの時……ちゃんと話を聞いてあげなかったんだろう。ウチね怒っちゃったんだ、愛してるなんて嘘だ、他の(ひと)好きになっといてオカシイって。その時のジャッキ、声が辛そうで「ごめんな」って何度も謝ってて……』 ボロボロ涙を零しながら、二色の瞳は小さく左右に揺れていた。 左手薬指のゴツイリングをせわしなく触り続け、細い肩を震わせている。 「……それだけですか? 他にも何か言われませんでした?」 『…………い、言われたよ、ジャ、ジャッキ、もう、この先ウチとも逢えないって、自分にはそんな資格がないって……そ、そう言ってた……それが最後で連絡がないの……うぅ……あぁ……あぁ……ウチが、責めたからだ……ウチが……一方的に怒ったから……バラカスに言われてたのに……ジャッキは男だし……まだ若いから……悪さをする事もあるって……そゆ時……頭ごなしに怒るなって……そゆ時こそ責めないで……まず話を聞けって……なのに……ウチ……怒鳴っちゃった……!」 マジョリカさんはその場にしゃがみこんで、叫ぶように泣き出してしまった。 ああ、ごめんなさい。 こんなに泣かせたくて聞いたんじゃないんだ。 ただ、弥生さんの嘘が有効なのは、ジャッキーさんとマジョリカさんが、今まで通り(・・・・・)夫婦を続ける事が前提だ。 もう誰にも嘘はつきたくないと言ったジャッキーさんは、弥生さんと二度と逢わないと決めた。 弥生さんへの想いを隠したまま、マジョリカさんとうまくやっていこうとは思えなかったんだろう。 だからマジョリカさんにも本当の気持ちを話したんだ。 どちらにも打ち明けたジャッキーさんは、どちらかを選ぶのではなく、どちらも諦めた。 黄泉と現世、それぞれ一番辛い時に救ってくれた、マジョリカさんと弥生さんを。
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