第十六章 霊媒師 弥生の気持ち

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◆ 「アンタとこうやって話す日がくるとは思ってなかったよ。前にね、アタシもアンタを口寄せしようとしてアイツに怒られたんだ。”マジョリカを巻き込むな”って。……アタシ、ずっとアンタに嫉妬してた。アタシがどんなにジャッキーを好きになっても、アイツの心はマジョリカのモノで決して手に入らないんだもの。現世と黄泉はうんと離れて逢えもしないのに、たった一日一緒にいただけなのに、存在だけでジャッキーを縛るんだって、それが辛くて、羨ましくて、妬ましくて、アタシの心はいつだってグチャグチャだった、」 眉を八の字にして、困ったように笑う弥生さんは、そう言ってため息をついた。 『………………』 それに対し何も答えないマジョリカさんは、その先の答えを待っているように視えた。 「……ごめん。アタシね、ウソついた」 あ……言った。 弥生さん、ちゃんと話すんだ。 その方が良い、もしもそれで喧嘩になりそうだったら、僕が二人を止める。 だから頑張って話して。 弥生さんの決死の言葉を聞いたマジョリカさんは、 『…………やっぱり、』 途端、美しい顔に険が宿った。 「少しだけ言い訳させてくれ。さっきの嘘はジャッキーとマジョリカに上手くいってほしくてついた嘘だ。……だって知らなかったんだ。まさかジャッキーがマジョリカに、”もう逢わない”なんて言うと思わなくて、そんなバカな事、普通言わないよ。こんなに綺麗で優しい奥さん、他にいないってのにさ」 『優しい? テキトウなコト言わないで。ウチの何を知ってるの? 大倉弥生とウチは今日初めて顔を視たばかりだよ。それとも機嫌を取ってるつもり?』 「テキトウじゃあないし、アタシは誰の機嫌も取らない。ジャッキーから聞いた。アンタ、ジャッキーが精神的に一番ボロボロだった時に、黄泉で知り合ってさ、たったの一日で救っちゃたんだろう? そんな事出来る人が優しくないはずがないもの」 『ウチは別にジャッキを救おうなんて思ってなかった。ただ、恋をしたんだ。大好きになっただけだよ、』 伏せた目に長いまつ毛が被さって、それがすごく艶っぽくて、マジョリカさんの深い恋心が伝わってくるようだった。 結婚して八年、だけどたったの一日しか一緒にいられなかったんだ。 まだ恋は始まったばかりで、逢えない分だけ恋にくすみが生じないのだろう。 「うん。同じ日、ジャッキーもマジョリカに恋をした。なんでジャッキーは恋をしたんだろうな。アイツはさ、アンタの優しさに救われて、引き上げてもらって、感謝して、その優しさに恋をしたんだよ」 『………………』 「それともう一つ。マジョリカが優しいって言った根拠だ。あのね、アタシの眼に映る死者に色はないんだ」 『色は無いって……どういう事?』 「そのまんまだよ。すべて白黒、もしくは色の明度彩度によってグレーにも視えるかな。アンタって瞳の色が金と青なんだって? 残念だよ、アタシにはグレーとダークグレーにしか視えない。だけどね、ワンピースもアンタのキレイな肌も、ちゃんと白く視える。キラキラするくらい真っ白だ」 『……そんなの当たり前でしょう? 白黒に映るなら、白は白にしか視えないんじゃないの?』 「いや違う。死者の心が濁っていると、霊体(からだ)は黒い靄に覆われて真っ黒になるんだ。恨み辛みが強い者、人を陥れるのが好きな者、優しくない者、そいういう悪霊は、真っ黒で全身黒タイツを着てるように視えるの。死者の心の状態が視える、これがアタシのスキルの一つだ。だけどマジョリカは真っ白だ。たとえアタシに声を荒げてる時でもね。正直驚いた。アンタ、本当に綺麗なんだもの。こんなん敵いっこないわ、あはは」 この時の弥生さんの笑い顔は、力む事なく柔らかくて、僕はなんだかホッとしたんだ。
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