第十六章 霊媒師 弥生の気持ち

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◆ 心配だったマジョリカさんのノイズが消えてくれた。 弥生さん曰く、まだ小さな黒点は点在するも、これくらいなら大丈夫との事。 おいしいお茶と、弥生さんは本当にマジョリカさんを心配してるんだって話したからなのか、それとも大好きな人に逢いたいという想いがそうさせたのか。 落ち着いたトコロで僕達は、早速ジャッキーさんの元へ向かう事にした。 「さっき親切な悪霊君が教えてくれたんだ。ジャッキーはココに閉じ込められているってさ」 親切な悪霊君ねぇ。 僕には聞き出した後、滅してやったと言ってたクセに。 素直なマジョリカさんは、『良い悪霊もいるんだね』と感心している。 ヤヨちゃんは文字は降らせないものの、口元をモゴモゴ歪ませているから、真相を読んでいるのかもしれない。 にしても。 「弥生さん、ココで間違いないの? お風呂場だけど」 一階の最奥。 ココにお風呂場がある。 脱衣所のドアを開けた弥生さんが先に中に入った。 「今、ココに悪霊がいる気配は無いけど……ジャッキーの中にまだ悪霊が取り込まれたままかもしれない。だから油断しないで。ヤヨちゃん、もし何かあったらマジョリカ最優先で。アタシとエイミーちゃんは放っておいていい」 弥生さんの呼びかけに、小さな女の子は首を縦に振る、絶世の美女の手をしっかりと握りながら。 姐御の許可が出て僕達も、後に続き脱衣所の中に入った。 弥生さんの話によると、妹さんが結婚してご両親と埼玉県に引っ越したタイミングで家の中をバリアフリーにリフォームしたそうだ。 その時に、水があり滑りやすいお風呂場を広く設計しなおして、義足の脱着も余裕を持って作業出来るようにしたらしい。 確かに広い。 脱衣所には清潔な洗面台に洗濯乾燥機、ストックタオルを置く大きな棚、そして低めのベンチが設置されている。 おそらくこのベンチに座って、身体を拭いたり義足を着けたりするのだろう。 だが脱衣所にジャッキーさんはいない。 それなら……浴室か? 弥生さんが浴室に続く折り畳みドアを開ける……と。 「ジャッキー!」 悲鳴に近い声が名前を呼んだ。 その声に驚いた僕は、すぐに中に滑り込む。 そこに見たのは……服を着たまま、水の張った浴槽に浸かっているジャッキーさんだった。 顔は出ているから呼吸に問題はなさそうだけど、これじゃあ身体が冷え切ってしまう。 浴槽に手を突っ込むと、冷水ではないが決して温かくはない。 一体どのくらい閉じ込められていたんだろう? 「ジャッキーさん、ジャッキーさん! 聞こえますか?」 骨太の輪郭、肌の色はすこぶる悪い。 硬く目を閉じて、唇は紫色だ。 分厚い胸に手を当てると……ああ、良かった。 心臓を打つ振動が手のひらに伝わって、ほっと胸を撫で下ろす。 すぐに救急車を呼ばなくちゃ。 ああ、落ち着け、まずその前にココから出さないと。 『ジャッキ……ああ、どうしよう……お願い、大倉、岡村、ジャッキを助けて』 ボロボロ涙を零しながら僕に懇願するマジョリカさんは、ジャッキーさんを心底心配している。 こんな事を思うのは不謹慎すぎるけど、もしもこのままジャッキーさんの命が終われば……マジョリカさんは二人で黄泉の国へ還る事が出来るのに。 そんな考えすら浮かんでないようで、やっぱり優しい女性(ひと)なんだと思う。 水が満杯に入っていたら危なかっただろう。 だけど、半分までしか入っていない。 これがジャッキーさんの命を繋いだのかもしれない。
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