第十六章 霊媒師 弥生の気持ち

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泣きじゃくるマジョリカさんとは対照的に、弥生さんは強い怒りの表情で迷う事なく浴槽の中に入った。 「弥生さん、服が濡れちゃうよ」 思わず言った僕をチラリと見て、それには返事をせず、 「アタシはコッチから支えるから、エイミーちゃんは思いっきり引っ張って」 と指示だけ出した。 「分かった、」と短く返事をする。 浴槽は長方形で浅い。 洗い場と浴槽の高低差はあまりない。 それが幸いし、浴槽の中に横たわる大きな身体の下に、腕やら脚を入れ込んだ弥生さんが、身を捩り、踏ん張って、どうにかして支え押し出してくれたおかげで、180cmの巨体を引っ張り出す事が出来た。 僕は寝かせたジャッキーさんの脇の下に手を入れ、引きずりながら脱衣所に移動させる。 弥生さんは自分の身体を拭くよりも先に、ジャッキーさんの服を脱がせ(カンフースーツだったので脱がすのは容易だった)、ストックタオルを束で取り、ゴシゴシと力を入れて擦り出した。 なんとかして体温を上げようと必死だ。 「エイミーちゃん、二階の奥の部屋に行って、コイツの服を持ってきて。たぶん別のカンフースーツがあると思う。着せやすいから出来ればソレがいい」 目線を上げずタオルで擦りながら、二度目の指示を出した。 「分かった、」またも短く返事をして二階へとダッシュする。 弥生さん一人で着替えさせるには、ジャッキーさんの身体は大きすぎる。 二人で着替えさせたらすぐに救急車を呼ぼう。 あれ……救急車って何番だったっけ? ああ、テンパると番号が分からなくなるとは聞いていたけど、本当だったんだな。 駄目だ、とにかく落ち着こう。 僕は二階のジャッキーさんの部屋に入り、タンスの引き出しを開け、肌着やらカンフースーツやらを漁りまくった。 たくさんあるカンフースーツの中から、パッと見ゆったりして、これなら着せやすいだろうと、パンツのウエストがゴムになってるモノをチョイスした。 色が一緒だから上着はコレか? とシャツも引っ掴む。 その時、何かがはらりと床に落ちた。 なんだろうと、拾い手に取ると……それは写真だった。 今時、写真なんてデータで保管するコトの方が多い。 だけどこの一枚はわざわざプリントアウトしたようで、なのに、タンスの奥底に隠すようにしまわれていた。 一時は飾っていたのだろうか? それともプリントしたはいいけど、そのまま封印していたのだろうか? そこに映るのは、今よりも若い弥生さんの寝顔だった。 一階リビングのソファ、明るい陽射しの中、無防備に、安心しきった顔で目を閉じている。 裏を見ると手書きで五年前の日付と”最終日”の文字が記されて、遠隔憑依訓練の終わりの日という事が伺えた。 どこにでもある日常の一枚。 なのにこの写真からは、切ないくらいの愛情が沁みだしていた。 ジャッキーさんは、この写真をどんな想いで撮ったのだろう。 僕にそれを知る術はない。
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