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大事な写真を元の場所に戻し、着替え一式を手に持って脱衣所に戻る。
中に入って僕は目を疑った。
「ジャッキーさん……!」
意識を失っていたはずのジャッキーさんは、土の顔色で立ち上がり、弥生さんの長い髪を鷲掴むと、投げるように床に打ち付け背中を踏み付けた。
呻く弥生さんの髪は掴まれたままでいる。
強い怒りをあらわにしたヤヨちゃんは、【守】の一文字を降らせ、床に弾けて卵の結界を出現させた。
但し今回、中に入るのは泣きじゃくるマジョリカさんだけだ。
ブンッ!
電子機器の起動時に似た音がしたのと同時。
頭上高く上げたちっちゃな手には、濃紫色した電気の塊が、バチバチと凶悪な火花を散らしていた。
印も組んでいなければ、電気を溜める作業もない、一瞬で塊をチャージしたヤヨちゃんは、鬼の形相でジャッキーさんに狙いを定めていた。
だが、
「駄目……やめて……コイツはジャッキーじゃないよ、ヤヨちゃんの霊力じゃあ、ジャッキーごと傷付けちゃう、」
背中を踏まれて顔を歪ませる弥生さんは、小さな女の子を必死に止める。
【だかラ? ヤヨイは やよいガだいじ ほかのヤツ どウだっていい】
天から降る文字に迷いがない。
ヤヨちゃんは弥生さんが一番大事なのだ。
さっき公園で【ジャッキ、すき】と降らす文字を視た、だが、それは弥生さんに危害を加えた段階で無効化されたようだ。
「頼むよ……ジャッキーは悪霊に操られてるだけなんだ。知ってるだろ? アタシがジャッキーを大好きなのを。こんなに好きになった男は他にいない、」
涙目で訴える弥生さんに、ヤヨちゃんのちっちゃな手が渋々と下に降り、行き場を失った濃紫の電塊は、みるみるうちに飛散した。
話から察するに、濡れた髪と肌着姿で弥生さんを踏み付けるジャッキーさんは、取り込んだ悪霊に操られているという事か。
「弥生さん、本物のジャッキーさんはどこにいるの?」
僕の問いかけに「中にいるよ」とこれまた雑な回答を頂いた。
だが解った。
弥生さんの説明クオリティに慣れてきた。
「ジャッキーさんを乗っ取ってるのは一人?」
「たぶん、本人に聞いてみてよ」
「本人って……この悪霊に? えぇ? 正直に答えてくれるのかな?」
「それも含めて聞くしかないな」
マジか。
仕方ない、聞いてみるか。
「えっと……アナタのお名前は? ………………って、答えてくれないんですね。では、とりあえず”憑依してる人”だからヒョウさんでいいですか? 僕の質問に正直に答えてください。ジャッキーさんを操ってるのはヒョウさんだけですか?」
弥生さんを踏み付けるヒョウさんは、名乗ってはくれないものの、質問には答えてくれた。
『……そうだ、俺だけだ。この男……志村、だったか。志村の中に取り込まれた霊は全部で十体。俺以外は全員、”使われた”。残ったのは俺だけだよ。……志村は霊媒師なのだろう? 中に映像が流れ込んできた……どこか遠くの同胞が無残にも滅された。しかも別の同胞の魂を使ってな』
”使われた”というのは、遠隔憑依で現場に行く為の、霊力の代わりにされたという事か。
『お前達も志村と同じ霊媒師か? こうして俺と話が出来る』
「そうです。彼を助けに来ました」
話をしながら目線を下げる。
弥生さんの髪は掴まれたまま、背中も変わらず踏まれたままだ。
今、変に動いて弥生さんに危害を加えられたくない。
申し訳ないけど、もう少しだけ我慢して、絶対に助けるから。
『仲間思いだねぇ、ご苦労様。それならせいぜい俺の機嫌を取るがいい。今、志村の身体は俺が操っている。この家から飛び出して車の前に出る事も、電車の中に飛び込む事も出来るんだ。ま、そこまで手間を掛けなくとも、台所に行けば刃物もあるだろうから。ああ、そんな顔をするなよ。大丈夫、そっちが下手な事をしなければ志村を傷付けたりしないさ』
どうもこの悪霊、偽ジャッキーとは毛色が違うようだ。
お上品とまではいかないが、話し方は落ち着いている。
大声を出し口汚く喚く奴ではない……が、厄介かもしれない。
お客様相談センタにいた時もそうだった。
感情剥き出しで怒鳴り散らす方のほうが楽なのだ。
冷静に淡々とお怒りのお客様の方が、数倍も難しい。
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