第十六章 霊媒師 弥生の気持ち

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大事な写真を元の場所に戻し、着替え一式を手に持って脱衣所に戻る。 中に入って僕は目を疑った。 「ジャッキーさん……!」 意識を失っていたはずのジャッキーさんは、土の顔色で立ち上がり、弥生さんの長い髪を鷲掴むと、投げるように床に打ち付け背中を踏み付けた。 呻く弥生さんの髪は掴まれたままでいる。 強い怒りをあらわにしたヤヨちゃんは、【守】の一文字を降らせ、床に弾けて卵の結界を出現させた。 但し今回、中に入るのは泣きじゃくるマジョリカさんだけだ。 ブンッ! 電子機器の起動時に似た音がしたのと同時。 頭上高く上げたちっちゃな手には、濃紫色した電気の塊が、バチバチと凶悪な火花を散らしていた。 印も組んでいなければ、電気を溜める作業もない、一瞬で塊をチャージしたヤヨちゃんは、鬼の形相でジャッキーさんに狙いを定めていた。 だが、 「駄目……やめて……コイツはジャッキーじゃないよ、ヤヨちゃんの霊力(ちから)じゃあ、ジャッキーごと傷付けちゃう、」 背中を踏まれて顔を歪ませる弥生さんは、小さな女の子を必死に止める。 【だかラ? ヤヨイは やよいガだいじ ほかのヤツ どウだっていい】 天から降る文字に迷いがない。 ヤヨちゃんは弥生さんが一番大事なのだ。 さっき公園で【ジャッキ、すき】と降らす文字を視た、だが、それは弥生さんに危害を加えた段階で無効化されたようだ。 「頼むよ……ジャッキーは悪霊に操られてるだけなんだ。知ってるだろ? アタシがジャッキーを大好きなのを。こんなに好きになった男は他にいない、」 涙目で訴える弥生さんに、ヤヨちゃんのちっちゃな手が渋々と下に降り、行き場を失った濃紫の電塊は、みるみるうちに飛散した。 話から察するに、濡れた髪と肌着姿で弥生さんを踏み付けるジャッキーさんは、取り込んだ悪霊に操られているという事か。 「弥生さん、本物のジャッキーさんはどこにいるの(・・・・・・)?」 僕の問いかけに「中にいるよ(・・・・・)」とこれまた雑な回答を頂いた。 だが解った。 弥生さんの説明クオリティに慣れてきた。 「ジャッキーさんを乗っ取ってるのは一人?」 「たぶん、本人に聞いてみてよ(・・・・・・・・・)」 「本人って……この悪霊(ひと)に? えぇ? 正直に答えてくれるのかな?」 「それも含めて聞くしかないな」 マジか。 仕方ない、聞いてみるか。 「えっと……アナタのお名前は? ………………って、答えてくれないんですね。では、とりあえず”憑依してる人”だからヒョウさんでいいですか? 僕の質問に正直に答えてください。ジャッキーさんを操ってるのはヒョウさんだけですか?」 弥生さんを踏み付けるヒョウさんは、名乗ってはくれないものの、質問には答えてくれた。 『……そうだ、俺だけだ。この男……志村、だったか。志村の中に取り込まれた霊は全部で十体。俺以外は全員、”使われた”。残ったのは俺だけだよ。……志村は霊媒師なのだろう? 中に(・・)映像が流れ込んできた……どこか遠くの同胞が無残にも滅された。しかも別の同胞の魂を使ってな』 ”使われた”というのは、遠隔憑依で現場に行く為の、霊力(ちから)の代わりにされたという事か。 『お前達も志村と同じ霊媒師か? こうして俺と話が出来る』 「そうです。彼を助けに来ました」 話をしながら目線を下げる。 弥生さんの髪は掴まれたまま、背中も変わらず踏まれたままだ。 今、変に動いて弥生さんに危害を加えられたくない。 申し訳ないけど、もう少しだけ我慢して、絶対に助けるから。 『仲間思いだねぇ、ご苦労様。それならせいぜい俺の機嫌を取るがいい。今、志村の身体は俺が操っている。この家から飛び出して車の前に出る事も、電車の中に飛び込む事も出来るんだ。ま、そこまで手間を掛けなくとも、台所に行けば刃物もあるだろうから。ああ、そんな顔をするなよ。大丈夫、そっちが下手な事をしなければ志村を傷付けたりしないさ』 どうもこの悪霊、偽ジャッキーとは毛色が違うようだ。 お上品とまではいかないが、話し方は落ち着いている。 大声を出し口汚く喚く奴ではない……が、厄介かもしれない。 お客様相談センタにいた時もそうだった。 感情剥き出しで怒鳴り散らす方のほうが楽なのだ。 冷静に淡々とお怒りのお客様の方が、数倍も難しい。
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