第十六章 霊媒師 弥生の気持ち

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『もしかして、キミが持っているソレは志村の着替えかい? 寄越してくれよ。生者の身体は久しぶりで、身体が冷えてしまった』 ゴツゴツの大きな手が僕に伸びる。 とりあえず、持ってきた着替えをヒョウさんに渡した。 ジャッキーさんの身体を冷やしたくないのは僕も同じだもの。 『ありがとう』と、弥生さんの髪を掴んだまま、片手で器用に着替えを済ませたヒョウさんは、ジャッキーさんの身体を品定めするようにベタベタと触り出す。 『そこそこ年はいってるようだが、メンテナンスが行き届いている。あれだけの痛めつけられ水責めにあったというのに、さほどダメージは残っていない。良い身体だ、妬ましいくらいに……』 痛めつけられ……というヒョウさんの言葉に、弥生さんの表情が険しくなる。 許せないのだろう、今にも飛び掛かりそうなのだが、なんたって今は動く事が出来ない。 なんとか弥生さんを助け出さなくちゃ。 だけどどうやって? ジャッキーさんとの体格差。 ワンパンどころか、平手を食らっただけで負けそうだ。 かといって、生者な身体に霊矢を放ったところで、僕の今の霊力(ちから)では、倒せるほどのダメージは与えられないだろう。 卑怯この上なく、例えば物理的な武器……そうね、すぐそこにあるドライヤーで不意打ち喰らわせ思いっきり殴れば、”憑依の人”はともかく、入れ物であるジャッキーさんの身体にダメージを与えられる。 それで動きを封じる事が出来れば、あるいは。 だがそれは論外だ。 怪我をさせたくない。 ん……期待は出来ないけど言ってみるか。 「あの、ダメ元でお願いしますが、ジャッキーさんの身体、返してもらえませんか? ダメージは残っていないとアナタは言ったけど、病院に連れて行ってあげたい」 さっきの巨峰野郎共とは違う。 まともな会話が出来るのだ、可能性にすがりたい。 だがヒョウさんは、のらりくらりと僕をかわす。 『……せっかく生者の気分を味わってるんだ。もう少しいいだろう? なに、後で身体は返すよ。なんてったってサイズの合わない服を着ているような窮屈さがある』 「もう少しってどのくらい? そんなには待てない。ジャッキーさんの体調が心配だ。本当は今すぐ返してもらいたい。それといい加減、弥生さんを放してください。女性に暴力は絶対に駄目だ」 『ああ失礼。少しは待ってくれるんだろう? それならどくよ』 ヒョウさんは弥生さんの背中から足をどけて髪を離した。 やけに素直だな…… これ、裏があるんじゃないか……?  背中をさすりながら半身を起こした弥生さんは、訝し気に上を見た。 ヒョウさんは身を屈め、弥生さんの手を取る。 立ち上がるのに手を貸そうと言うのか? 大好きなジャッキーさんの顔と身体。 もう二度と逢う事は叶わないと思っていた弥生さんに、ほんの数秒隙が生まれた。 その隙を待っていたかのように、ヒョウさんはジャッキーさんの鍛えられた筋力をフルに使い、華奢な弥生さんを抱き上げた。
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