第十六章 霊媒師 弥生の気持ち

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この時、僕もヤヨちゃんも、抱き上げられた弥生さんも呆気にとられていた。 スリーテンポ程の遅れを取って、地に足の着かない弥生さんが抗議の声を上げた。 「ふざけんな降ろせ!」 ヒョウさんはそれを聞きニヤリと笑い、 『おまえの名前は弥生か? さっきそう呼ばれていたな。弥生は志村が好きなんだろう? 庇っていたものなぁ。志村を助けたいか? それなら俺の願いを聞いてくれ。なに、簡単な話さ。その綺麗な髪がほしいんだ。女の髪には霊力(ちから)が宿る。しかも弥生はただの女じゃない、霊媒師だ。その髪をすべてくれたら……志村の身体を返そう』 入れ物はジャッキーさんだが、そう言って笑う顔は下衆極まりない。 女性の髪には霊力(ちから)が宿る? 髪を切るつもりか……?  そんな事させる訳ないだろう! 頭で考えるより早く、僕は霊矢の印を結び始めていた。 僕の霊力(ちから)ではどのくらいダメージが与えられるのか分からないが、やってみるしかない。 「矢は駄目だ!」 絡める手指を見た弥生さんが、抱き上げられたまま僕を止める。 「大丈夫だよ。霊矢は今日習得したばっかりだし、僕はヤヨちゃんほど霊力(ちから)がないから、ジャッキーさんの身体は大して傷付けないと思うんだ。ヒョウさんにどれほど効くか分からないどやってみる。ジャッキーさんだって弥生さんが酷い目に遭うより良いはずだよ。大丈夫、絶対に助けるから」 一度止めた印の続きを結び始める僕に弥生さんが声を荒げた。 「駄目だって! さっき視た霊矢、威力は相当だった。それに無限に出せるじゃないか。数撃てばその分ダメージは蓄積される。ヤヨちゃんほど霊力(ちから)がなくても、ジャッキーを傷付けるのは変わらないよ。大丈夫だ、髪くらいなんて事ない。まずヒョウさん(コイツ)をジャッキーから剥がしたいんだ」 そう言われ、印の手指を止めざるを得ない僕を認めると、弥生さんはホッとした顔をした。 そして次は目線を上げて憑依の人を捉える。 「なぁ、聞いた通りだ。髪くらいオマエにくれてやる。そのかわり約束は守れ。髪を手に入れたらジャッキーを解放しろ。オマエはアタシの霊力(ちから)が欲しいんだろう? オマエごときがアタシの霊力(ちから)を扱えるとは思えないけどな」 「ふむ……」と、聞き慣れた低音の、聞き慣れない話し方。 ジャッキーさんの容姿をした別人が、腕に抱く弥生さんを覗き込んだ。 『弥生はそんなに志村が好きなのか……髪を切られる覚悟もあると。泣き喚く女が視たかったのだが……いやはや霊力(ちから)があるだけでなく気も強い。実に良い。こういう強い女というものは大抵、心に傷を持っていると相場が決まってる。傷を隠す為に虚勢を張るんだよ、』 憑依の人はニヤァと笑い、艶髪に鼻を押し付け匂いを嗅いだ。 途端、弥生さんは短い悲鳴を上げて暴れ出すが、鋼の腕はそれを封じる。 『ああっ! ……いい匂いだ! 嗅ぐまで気付かなかったよ、これは掘り出し物だ……! この髪……傷どころじゃない、闇を抱えてる、愛と嫉妬と悲痛と執着が濃厚に香る。正と負の感情が霊力(ちから)に絡みさらに高めている……! 髪を……いや、心臓もろとも喰らい尽くせば、この霊力(ちから)のすべては俺の物……!  ついてるな……霊体では心臓を食む事は出来ないが、志村の身体を使えばいともたやすい 』 ゾワリと背筋に冷たい汗が伝う。 心臓もろとも……? それは弥生さんの命を奪うという事か? それをジャッキーさんの身体で行うという事か? 現実味のない話に眩暈が起こる。 簡単に人を殺めていいはずがない。 だがこのヒョウさんは、私利私欲の為に笑いながら軽く言う。 「……ふざけるなよ、弥生さんにそんな事……絶対にさせないっ!!」
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