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【てんてんてん わかった よあけ それまで まつ】
般若の顔から能面に変わったヤヨちゃんは、弥生さんをジッと視つめていた。
夜明けまでは待つと言ったが……きっと、弥生さんが危なくなったら、その約束は簡単に破られるのだろう。
グズグズしていられない。
『志村を守る話は終わったかな? それじゃあ、まず髪を頂こうか。ああ……それと、心臓も頂くからそのつもりで。まあ、命が惜しくなったら志村なぞ見捨てればいいさ。それが出来るならね。さて……では、どこで髪を切ろうか、』
勝手極まりない言葉を吐き散らかすヒョウさんが、キョロキョロと辺りを視わたした。
目線が自分から外れた弥生さんは、チラリと僕を見た。
____ダイジョブ、隙をついてぶっ飛ばす
そう言っている目だ。
そうだよね、この人が大人しく髪を切らせるはずがない。
その時は援護しろと言いたいのだろう。
もちろんですとも。
ほぼ同時、紫色の結界の卵の内壁をドンドンと叩くマジョリカさんが、何か懸命に叫び出した。
音に反応したヒョウさん人は、視線を泳がせ間もなくして、卵の中の宇宙色の髪に気付いてしまう。
『ああ……そう言えば、もう一人いたな。生者ではないが、あの髪も美しい』
ニィッと口元を歪ませて、美しすぎる死者を凝視しているのだが……クソッ!
マジョリカさん、今は大人しくしててほしかった、が、もう遅い。
ヒョウさんの粘つく視線はマジョリカさんもターゲットに加えたようだ。
ヤヨちゃんではないが、この状況でジャッキーさんを無傷で救出するのは不可能だよ。
マジョリカさんはまだ叫び続けているも、結界に阻まれ声は聞こえない。
ヤヨちゃんは、そんなマジョリカさんを眺め、少し考えてから卵に向かって、ちっちゃな足をタンと鳴らした。
するとマジョリカさんの声が外に聞こえるようになった。
『ジャッキ! ねぇジャッキ! 目を覚まして! 大倉弥生に酷い事しないで! 悪霊を止めてよ、助けてよ! 大倉はウチを助けてくれたんだ! 悔しいけどウチじゃ大倉を助けられない、ジャッキお願い! 目を覚まして! ねぇジャッキってば!!』
ピアノのハイキーボイスが叫んでる。
高い声は頭の中で反響するようだった。
頭蓋骨の内側、四方八方、マジョリカさんの声が跳ね返る。
だがそれは決して不快には感じない、むしろ____
「…………マジョ……?」
え……!?
今のはジャッキーさんか?
大きな身体は弥生さんを抱え、ふらつきながら頭を横に振っている。
ギュッと目を閉じすぐに開けたあの表情は……ヒョウさんではない、ジャッキーさんだ。
ウソだろ……?
ジャッキーさんの腕の中、あれほど至近距離にいる弥生さんの声には反応しなかったのに、マジョリカさんの声には反応したのか。
『ジャッキ! 気が付いたんだね! ねぇ、もっとちゃんと目を覚まして! 大倉を降ろしてあげて! それからジャッキの中に悪霊がいるよ、ソイツを追い出して! ジャッキ頑張って、お願い!!』
卵の内側をドンドン叩く小さな手は真っ赤になっている。
それでもマジョリカさんは、やめなかった。
ジャッキーさんの覚醒と弥生さんの安全を切に願って、叫び続けている。
ああ、透き通る湖を思わせる声。
澄みきって穢れのない、どんなに荒んだ心も癒し浄化させてしまう声だ。
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