第十六章 霊媒師 弥生の気持ち

161/222
前へ
/2550ページ
次へ
明るく笑う弥生さん。 ジャッキーさんはなんとも言えない表情だ。 そして、 「……弥生、マジョ、心配かけてすまなかった。そうだな……話をしないとな。だがその前に、中にいる悪霊(コイツ)を剥がしたい。これから自分が外に出すから、弥生が滅してくれないか」 弥生さんはコクリと頷くと、拳を握り小さな声で言霊を唱え、紫色に鈍く光る霊刀を出現させた。 僕もサポートとして霊矢の印を結び待機する。 ヒョウさんを追い出す為、ゴツイ手指を絡め始めたジャッキーさん。 彼自身に霊力はないものの、光る道の欠片の力に印を組み合わせる事で、そこそこの霊力(ちから)なら発動可能だ。 但し、この方法は術者の体力、気力、精神力をひどく消耗させる。 そう何度も使っていい霊力(ちから)じゃない。 印の途中で、突如ジャッキーさんは動きを止めた。 そして猫がそうするように、二、三ゆっくりと瞬きをして最後にギュゥっと目を閉じてまた開ける。 さっきまで浴槽の中に押し込められていたし、ヒョウさんに乗っ取られてたしで、体調が思わしくないのかもしれない……と思った矢先、ガクッとジャッキーさんがよろめいた。 「大丈夫かっ!」 『ジャッキッ!』 女性二人の声が重なる。 ヤヨちゃんはその後ろで、再びちっちゃな足をタンと鳴らした。 すると美しき死者を守っていた結界が砕けて解けた。 先に走り寄ったのは弥生さんだった。 少し遅れてマジョリカさんも続く。 「ジャッキー、肩につかまれ、」 弥生さんはジャッキーさんの腕を自分の肩に乗せ、脱衣所内のベンチに誘導しようとした。 だけど、 「ありがとう、大丈夫。ただの立ち眩みだよ。追い出すのは後にして、先にキッチンへ行ってもいいかい? 水を一杯飲みたいんだ。ああ、心配しないで。そのくらい歩けるから」 弥生さんの肩から腕をどけ、ジャッキーさんはフラリフラリとキッチンへと向かう。 『ジャッキ……大丈夫かな、』 心配そうなマジョリカさんがジャッキーさんの後ろを追った。 弥生さんは、ジャッキーさんの背中をジッと視詰め、やはりその後を追った。 僕とヤヨちゃんも同様だ。 シンクの前に立つジャッキーさんはコップに溢れる程の水を汲み、ゴクゴクと飲んでいる。 一杯、二杯、三杯、ようやく満足したのか、空いたコップをガンッと調理台に置いた。 ジャッキーさんの傍で、モジモジしながら立っているのはマジョリカさんだ。 白い肌に赤みがさして、ぽーっとした目でジャッキーさんを視つめている。 そうだよね、八年振りに逢えたんだもの。 色々言いたい事はあるだろうけど、それでもやっぱり嬉しいよね。 もう少し待っててください。 完全に悪霊を剥がすから。 「マジョリカ、ちょっとこっちに来てくれない? アタシ、あんたに視せたいモノがあるんだ」 突然だ。 キッチンと続く間取りのリビングで、弥生さんが絶世の美死者に声を掛けた。 視せたいモノって何? 弥生さんはリビング中央のローテーブルの上にある、飲みかけの炭酸水のビン、ジャッキー・〇ェン自伝本(ジャッキーさんはジャッキー・〇ェンさんマジリスペクトだからね)を、順番に指でさわっている。 もしかして……その自伝本を見せたいの? って、そんな訳ないか。
/2550ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2367人が本棚に入れています
本棚に追加