第十六章 霊媒師 弥生の気持ち

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公園で、二人の女性は沢山の話をした。 時折マジョリカさんは声を荒げ、そして謝り、話を続けた。 それに加えて、いわゆる”吊り橋効果”というものだろうか。 巨峰野郎共をはじめとした、あれやこれやあった後の今、マジョリカさんの弥生さんへの態度はかなり軟化して、 『なぁに、』 なんて、素直に弥生さんの傍に来てくれたんだ。 弥生さんは、そんなマジョリカさんの前に立ち、キッチンカウンターの向こうにいるジャッキーさんにも声を掛けた。 「なぁ、ジャッキー。うんと前にさ、アンタからもらった犬の縫いぐるみをマジョリカに視せてやってもいいか?」 縫いぐるみ?  と思いつつジャッキーさんを見れば、優しく頷き笑ってる。 「ああ、視せてやればいいよ。アレは俺が選んだんだ、」 ジャッキーさんがそう答えた瞬間。 弥生さんはローテーブルの上から飲みかけの炭酸水のビンを引っ掴みキッチンへと駆け出した。 抜けた弥生さんの代わり、数瞬の間も開けずヤヨちゃんがマジョリカさんの前に立つ。 何が起きたのか理解しきれない、瞬き三つ後。 弥生さんは掴んだビンで、ジャッキーさんの胸を殴りつけていた。 マジョリカさんが悲鳴を上げる。 「ちょっと! 弥生さん、何してんの!」 鬼の形相。 凶器を持って殴り掛かる弥生さんに容赦はなかった。 僕の声が届いていないかのように、分厚い胸、ゴツ太い腕、ゴリゴリの肩や背中をこれでもかと殴りつけている。 時折、細い腕が掴まれそうになるのを寸でのところで避けている。 「弥生さん、落ち着いて! どうしたのよ!」 やっぱり、ジャッキーさんがマジョリカさんの声だけに反応したのが許せないのだろうか……なんて勘繰った時、突如弥生さんの動きが止まった。 『よく解ったじゃないか』 え……? ジャッキーさんは自分の首に果物ナイフをあてている、『動くな、刺すぞ』と弥生さんを脅してる。 ビンを掴んだまま不動になった弥生さんは、 「そりゃ解るわ。ジャッキーがくれた縫いぐるみは”犬”じゃない、”ウサギ”だよ。それからな、ジャッキーの振りすんなら、もっとよく観察しとけ。ジャッキーの一人称は”自分”で”俺”じゃない。あとな、ジャッキーは何度言ってもお風呂上りに洗面台の水を飲んじゃうんだ。喉が乾いて目の前に洗面台があるのにキッチンに……なんて言うかっつの。バーカバーカ」 バーカバーカって社長じゃないんだから。 あの人もよくコレ言うよな。 しかしマジか……ぜんぜん気付かなかった。 言われてみれば、縫いぐるみは“ウサギ”だし、一人称は“自分”だよ。 お風呂上りに洗面台の水は……こんなん、一緒に暮らした事のある弥生さんじゃなきゃ絶対解らない。 「それにしても。……うわぁ、なんか客観的に視るとマヌケだなぁ」 眉を八の字にした弥生さんが、首にナイフをあてるジャッキーさんを視てボヤキを漏らした。 ん? んー、あー、アレのコトか? 「ねぇ、もしかしてソレってさ。昔、弥生さんがえぐえぐ泣きながら、自分の首にちっさいフォークあてて、ジャッキーさんを脅したのを言ってる?」 弥生さんの傍までサササと移動し、マジョリカさんに聞こえないように聞いてみる。 「うん、そう。アタシもあんなコトしたのかと思うと、ちょっと恥ずかしいわ」 テレテレしながら頭を掻く弥生さん。 鋼の身体の主導権を取り返したヒョウさんは、僕達の態度にすこぶる機嫌が悪そうだった。
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