第十六章 霊媒師 弥生の気持ち

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『弥生は志村が心配じゃないのか……?』 不審がった低音。 首にナイフをあてたままのヒョウさんに微かな動揺が視え、「そりゃあ心配だよ、」と弥生さんが答える。 『それなら何故騒がない、さっきまでと態度が違うな』 「だってなぁ、アンタはアタシの髪と心臓が欲しいんだろう? さっき”掘り出し物だ”とか二ヤついてたじゃんか。喰らってさ、それによってアタシの強い霊力(ちから)を得たいと思ってる。髪はともかく、心臓を手に入れるには、生者のアタシを引き裂く為に別の生者の身体が必要だ。オマエにとってジャッキーの身体は大事なツールで、殺してしまっては意味がないんじゃない? 簡単に傷付けられないだろ」 確かにそうかもしれないけど強気な発言だよ。 大丈夫かな……? あんまり挑発して、『ムキー! もう髪も心臓もいらない!』ってなったら、腹いせにジャッキーさんを傷付けるかもしれないじゃない。 『……弥生、少しは頭が回るみたいだな。バカっぽい顔をしてるのに』 「ムキー! バカって言うな!」 あらら、ウチのお姉さまの方がムキー言い出しちゃったよ。 だけど、あれなら今すぐジャッキーさんを傷付けるつもりはなさそうだ。 『仕方ない……一旦引いて仲間を呼ぶか。……というよりも、志村の目が覚めた途端、外をウロつく悪霊連中が続々と集まってるようだな。志村の中には美しい宝石がある。みんなコレに惹き寄せられるんだ。……ああ、感じないか? この禍々しい気配をっ、』 ぶわっ!!     なんだ!? いきなり視界が真っ白だ! これってヒョウさんの霊力(ちから)か!? 「エイミーちゃん、大丈夫か!?」 弥生さんの声がだいぶ後ろから聞こえた。 あれ? ほぼ僕の隣にいなかったっけ? 見れば、数メートル離れたローテーブルの前まで一瞬で移動していた。 視界は徐々に晴れてきて、白い靄が消えつつある。 ガチャッ! すぐ傍でドアの開く音がした。 目で追うと、リビングと廊下を間仕切る内ドアが乱暴に開けられて、ジャッキーさんの姿をしたヒョウさんが、走って玄関に向かう後ろ姿が視えた。 弥生さんがその背中に叫ぶ。 「ジャッキー! 聞こえるかっ?(・・・・・・・) 戦闘訓練やったあの場所に向かえ! あそこなら生者避けが張ってある! アタシらもすぐ行くから!」 バタンッ! ヒョウさんが外に出て行ってしまった。 弥生さん、中にいる(・・・・)ジャッキーさんに、声を掛けてたけど…… 「ジャッキーさんに弥生さんの声は聞こえるの?」 僕がそう聞くと、 「たぶん聞こえてる。一番最初に表に出た時(・・・・・)はボーっとしてたけど、アレは元々気絶してたからだ。覚醒したまま、身体の主導権が入れ替わっただけなら、視て聞いてを中でしてるはずだよ。……という事で、今、主導権はなくてもジャッキーはなんとかして公園に向かうと思うんだ。だからエイミーちゃん、急いで顔洗ってきて。真っ白だよ」 半笑いの弥生さんとマジョリカさん、そして【にゃははははは】と文字を降らすヤヨちゃんは、明らか僕を視て笑ってる。 「エイミーちゃん、さっき視界が真っ白になっただろう? アレ、キッチンにあった小麦粉だよ。悪霊が目くらましにぶちまけたんだ。ジャッキーは普段、料理をするからな。パンも焼くし大きな缶にストックしてるんだ。あはは……床も真っ白になっちゃって。後で掃除しなくちゃ」 あー、うん、そーなんだー。 僕はてっきりヒョウさんの霊術かと思ってましたわ。 あーあーあー、小麦粉だったのねー。 で、弥生さんは、ちゃっかり後ろに逃げたから白くないんだー。 なるほどですねー。 一人真っ白であろう僕は、ダッシュで洗面台へと向かった。
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