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『弥生は志村が心配じゃないのか……?』
不審がった低音。
首にナイフをあてたままのヒョウさんに微かな動揺が視え、「そりゃあ心配だよ、」と弥生さんが答える。
『それなら何故騒がない、さっきまでと態度が違うな』
「だってなぁ、アンタはアタシの髪と心臓が欲しいんだろう? さっき”掘り出し物だ”とか二ヤついてたじゃんか。喰らってさ、それによってアタシの強い霊力を得たいと思ってる。髪はともかく、心臓を手に入れるには、生者のアタシを引き裂く為に別の生者の身体が必要だ。オマエにとってジャッキーの身体は大事なツールで、殺してしまっては意味がないんじゃない? 簡単に傷付けられないだろ」
確かにそうかもしれないけど強気な発言だよ。
大丈夫かな……?
あんまり挑発して、『ムキー! もう髪も心臓もいらない!』ってなったら、腹いせにジャッキーさんを傷付けるかもしれないじゃない。
『……弥生、少しは頭が回るみたいだな。バカっぽい顔をしてるのに』
「ムキー! バカって言うな!」
あらら、ウチのお姉さまの方がムキー言い出しちゃったよ。
だけど、あれなら今すぐジャッキーさんを傷付けるつもりはなさそうだ。
『仕方ない……一旦引いて仲間を呼ぶか。……というよりも、志村の目が覚めた途端、外をウロつく悪霊連中が続々と集まってるようだな。志村の中には美しい宝石がある。みんなコレに惹き寄せられるんだ。……ああ、感じないか? この禍々しい気配をっ、』
ぶわっ!!
なんだ!?
いきなり視界が真っ白だ!
これってヒョウさんの霊力か!?
「エイミーちゃん、大丈夫か!?」
弥生さんの声がだいぶ後ろから聞こえた。
あれ? ほぼ僕の隣にいなかったっけ?
見れば、数メートル離れたローテーブルの前まで一瞬で移動していた。
視界は徐々に晴れてきて、白い靄が消えつつある。
ガチャッ!
すぐ傍でドアの開く音がした。
目で追うと、リビングと廊下を間仕切る内ドアが乱暴に開けられて、ジャッキーさんの姿をしたヒョウさんが、走って玄関に向かう後ろ姿が視えた。
弥生さんがその背中に叫ぶ。
「ジャッキー! 聞こえるかっ? 戦闘訓練やったあの場所に向かえ! あそこなら生者避けが張ってある! アタシらもすぐ行くから!」
バタンッ!
ヒョウさんが外に出て行ってしまった。
弥生さん、中にいるジャッキーさんに、声を掛けてたけど……
「ジャッキーさんに弥生さんの声は聞こえるの?」
僕がそう聞くと、
「たぶん聞こえてる。一番最初に表に出た時はボーっとしてたけど、アレは元々気絶してたからだ。覚醒したまま、身体の主導権が入れ替わっただけなら、視て聞いてを中でしてるはずだよ。……という事で、今、主導権はなくてもジャッキーはなんとかして公園に向かうと思うんだ。だからエイミーちゃん、急いで顔洗ってきて。真っ白だよ」
半笑いの弥生さんとマジョリカさん、そして【にゃははははは】と文字を降らすヤヨちゃんは、明らか僕を視て笑ってる。
「エイミーちゃん、さっき視界が真っ白になっただろう? アレ、キッチンにあった小麦粉だよ。悪霊が目くらましにぶちまけたんだ。ジャッキーは普段、料理をするからな。パンも焼くし大きな缶にストックしてるんだ。あはは……床も真っ白になっちゃって。後で掃除しなくちゃ」
あー、うん、そーなんだー。
僕はてっきりヒョウさんの霊術かと思ってましたわ。
あーあーあー、小麦粉だったのねー。
で、弥生さんは、ちゃっかり後ろに逃げたから白くないんだー。
なるほどですねー。
一人真っ白であろう僕は、ダッシュで洗面台へと向かった。
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