第十六章 霊媒師 弥生の気持ち

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どのくらい時間がたったのか。 感覚的に随分と長い時がたったように感じていた。 だが、実際はそうでもないのかもしれない。 空はまだ漆黒と藍色が仲良く共存しているもの。 僕と弥生さんは背中合わせに立っていた。 二人を中心にドーナツ状、倒した悪霊が山となり、その下段から順に濃霧と化しているところだ。 「はぁ……はぁ……」 さすがの弥生さんも息が上がってる。 そういう僕も、 「ゼイ……ゼイ……ゼイ……カヒュー……ヒョヒョー……シュコー」 弥生さんの三倍、息が上がっていた。 辺り一帯、滅した悪霊達の濃霧で立ち込めていた。 まだ霧になる前の霊体は時折ビクンビクンと痙攣している。 視るのも躊躇してしまう惨劇の向こう側。 腕を組み、血走らせた目で僕らを凝視するジャッキーさんがいた。 否、あの表情……まだヒョウさんだ。 呼んだ仲間が全滅して、すこぶるお怒りのご様子。 『せっかく集まった同胞達……全員いなくなってしまった』 確かにジャッキーさんの声なのに、そこに欠片の優しさはなく、まるで地獄の底から響くような不気味さだ。 それは”同胞”が滅された事を悲しむのでなく、手駒が無くなった喪失感のように感じた。 「あんたの”同胞”って質より量だな。みんな弱かったぞ? つーかさ、アンタってこの辺の悪霊の頭なの? いかにも小物でそんな風には視えないけど」 もう呼吸が通常に戻ってる。 どんだけタフなんだ……と思いつつ、ヒョウさんの返事を待っていた。 『俺がトップという訳じゃないよ。ただ、志村の中には悪霊を呼び寄せる宝石が眠っている。同胞達はこの宝石を有する入れ物(・・・)を、トップだと勘違いしているようだ。おかげで、そこそこ指示に従ってくれた……なのに、』 ヒョウさんは無表情で公園を見渡す。 悪霊達の発する最後の霧は、濃く、嫌な臭いをさせながら、宙に静止し、やがて飛散する。 その一連の流れをただただ眺め、口をへの字にさせていた。 「勘違いねぇ。アレだ、ほら、虎の威を借りる狐って奴。ジャッキーの光る道の欠片(ちから)を使って、まるで大物みたいな振る舞いだ。一人戦いもせず、はじっこに隠れて高見の見物。セコイな、まったく。良い大人が恥ずかしくないのか?」 黒い液体でベトついた霊刀を、姐御は霊力(ちから)で浄化しながら、片手間でヒョウさんを馬鹿にする。 なかなかどうして、水渦(みうず)さんバリの嫌味っぷりだ。 普段、誰かをあえて傷付けようとはしないのに、余程ヒョウさんが許せないのだろう。 弥生さんの嫌味に無言で返すヒョウさんに、今度は僕が話しかけた。 「ヒョウさん、もうアナタのお仲間はいなくなりました。これ以上ジャッキーさんの中に籠城してもいい事はなにもありません。大人しく返してくれませんか?」 返すと言ってくれたとして、弥生さんはきっとヒョウさんを許さない。 ジャッキーさんに害を成した悪霊を斬って捨てるのだろう。 ヒョウさんもそれに気付いてるはずだ。 やはり、素直に返してくれないか。
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