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『そんな事を言って、俺が志村から離れた瞬間、弥生は斬りにくるんだろう? 明確な危険がすぐそこにあるのに、分かりましたと言うと思うか?』
ですよねぇ。
僕がヒョウさんの立場でもイヤだって言いますもん。
「じゃあ、どうするんだよ。このままジャッキーの中に居座るつもりか? 勘弁してくれ。生者気分は十分味わっただろ。いい加減コイツに身体を返せよ」
手入れの終えた霊刀の、刃先をヒョウさんに向ける目はゾッとするほど鋭かった。
気持ちは分かるよ、でもこれじゃあ駄目だ。
だってさ、弥生さんがジャッキーさんを傷付けられない事はバレている。
今のヒョウさんにとって、ジャッキーさんの身体の中だけが唯一安全な場所なんだ。
弥生さんが脅せば脅すほど、そう感じて籠城する。
不本意だけど、何か逃げ道を与えなければ離れてくれないだろう。
「弥生さん、刀を降ろして。滅されるのが分かってるのに出てきてはくれないよ。このままじゃ話が長引くだけだ。僕、まだ憑依の事よく分からないけど、ジャッキーさん主導じゃない状態で、いつまでも別の霊がいたままって身体や魂の負担にならないの?」
新人が生意気かな……と思ったけど、この人はただでさえジャッキーさんの事になると感情的になるのだ。
冷静にさせるにはジャッキーさんの事を引き合いに出すしかない。
「……そりゃ負担だよ、だからコイツを早く剥がしたい。ジャッキーが心配なんだ」
渋々刃先を下げながら、唇を噛む弥生さんは少し焦っているのかもしれない。
「ん、心配だよね……僕もだ。 ねぇ、ヒョウさん。僕と取引をしませんか? ジャッキーさんの身体を返してくれるなら、今回アナタを滅しません」
僕がそう言ったと同時「エイミーちゃん!」と弥生さんは抗議めいた。
だけど、これしか手は無いと思うんだ。
今回は見逃すけど、次回会ったら滅する……そう割り切るしかないよ。
『ふむ……弥生よりは話せるな。志村の身体を離れても滅されず、元の生活に戻る……か』
ヒョウさんは顎を撫ぜ、僕と弥生さんを交互に視ながら考えている。
本当に滅さないでくれるのか、そこがイマイチ信用出来ないのだろうか?
ウチのお姉さまは、別の悪霊に身の安全を保障しながら、結局は滅しちゃったからねぇ。
その事は知らないだろうけど、そんな危険な空気を感じてるのかもしれない。
『元の生活か……男、おまえは現世を彷徨う霊が、毎日をどう過ごしているかを知ってるか?』
ヒョウさんはガッツリ僕を視ながらそう言った。
てか”弥生”とか”志村”とか、二人の名前は覚えてるのに、僕だけ”男”呼ばわりですか、ま、いいけどさ。
「どうだろう……? 仕事をしてるでもないだろうし、どこか生者の家に入ってテレビを視てるとか?」
『……そうだな、テレビも視るがツマラン。視たいモノが視れるでなし、せっかく視ててもチャンネルを変えられる。ああ、映画館にはよく行ったな。あそこなら最後まで視れるから。だがここ数年はそれも行かない』
「なぜです? お金もかからず映画視放題なのに」
『映画を視ても、楽しいのはその時だけだ。終われば虚しくなる。映画の中に出てくる生者。正義に燃え、誰かを愛し愛され、子を抱きしめる。そんなもの霊にとっては絵空事、視ても腹が立つだけだ』
「……なら、毎日何をしてるんですか?」
『物色だよ、』
「物色?」
『心の弱った生者を物色し、視つけたら憑りつくんだ。長期に渡りとことん追い詰め最後には命を奪う。こちら側に引きずり込んでは仲間を増やしていくんだよ。我々は毎日、そうやって暇を潰している』
それって……昔、弥生さんが悪霊達にされた嫌がらせと一緒じゃないか。
やっぱりコイツらは危険だ。
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