第十六章 霊媒師 弥生の気持ち

169/222
前へ
/2550ページ
次へ
『この辺りを彷徨っている霊は悪い連中ばかりだよ。黄泉の国に逝ける者など一人もいない。かといって他に逝く場もないから暇を潰し、自分の霊体(からだ)がいずれ消滅するまで現世を彷徨うしかないんだ。我々は、命を持つ者が嫌いだ。愛だの友だの反吐が出る。一人でも多くの生者を不幸にしてやりたいと思っている』 随分と身勝手な言い分だな……反論してやりたいけど今は我慢だ。 取引に応じさせ、ジャッキーさんを取り戻すのが先だもの。 『生者を襲う霊達は個々で勝手に動いてる、いわば個人商店だ。組織化して協力して襲えばもっと不幸な生者が増やせるのに。ま、あの荒くれた連中をまとめられる者がいればね、組織化も実現可能なのだろうが。…………さて男、ここでおまえに問いたい。俺がおまえ達に見逃してもらい元の生活に戻るのと、志村の身体を返さずに、弥生の霊力(ちから)を得るのとどちらが魅力的だと思う? 俺は後者だと思っている。霊力(ちから)があれば、悪霊(れんちゅう)を統べる事が出来るから。さすれば効率的に生者を狩れるんだよ……クク』 コイツ……欲が出たのか。 最初と言ってる事が変わった。 ジャッキーさんの身体はすぐに返すと言っていたのに。 弥生さんの髪と心臓に目が眩んだんだ。 それに、そんな物騒な組織を作らせる訳にはいかないよ。 「約束が違うじゃないか」 弥生さんが凄む。 それに対しニィっと笑うヒョウさんは、 『気が変わったんだ』 とだけ答える。 僕は弥生さんに近づいて耳元に小声で聞いた。 「さっき家でジャッキーさんは『自分が外に追い出すから、弥生が滅してくれ』って言ってたよね? 悪霊を剥がすのってジャッキーさんが追い出すしか方法はないの? 弥生さんだけでは出来ないの?」 「……今回のはアタシだけじゃ出来ない。アイツの中が(・・)どうパーテーションされてるか分からないもの。手探りで悪霊剥がしをしたらジャッキーの魂まで削ってしまうかもしれない。多少削っても死にはしないけど……アイツの人格に影響が出る。魂は欠けた部分をカバーするのに再構築をかけるんだけど、そうなると確実に今のジャッキーじゃなくなる」 言葉には出さないが、ジャッキーさんが変わってしまうのは、絶対に嫌だという強い拒絶を感じる。 「……そうなんだ。じゃあ、ジャッキーさんが追い出すか、ヒョウさん自ら出てくれない事には、」 「分離不可能だ、」 マジか…… もうこれ、なんとしてもジャッキーさんに出てきて(・・・・)もらうしかないよ。 さっきはマジョリカさんの声に反応した。 もう一度呼びかけてもらうか……結界に入ったまま、大声で呼びかけてもらえばあるいは。 僕達が考えあぐねていると、二ヤついた顔のヒョウさんが揶揄うような口調でこう言った。 『さっそく弥生の髪と心臓を頂きたいのだが……大人しく裂かれてはくれないだろうなぁ。ならば動けなくなるまで疲れてもらおうか。さっきの同胞達、おそらく百体は優に超えていただろう。それをたったの二人でよく滅したよ。大したものだ。だが第二の同胞達はどうかな? すでに相当、霊力(ちから)と体力を消耗してるだろうからねぇ、』 え……? ちょっと、待って。 ”第二の同胞”って……まさか、まだ呼べちゃったりするの……? 僕の不安は的中した。 ヒョウさんは左胸を幾度か叩き、口の中で何かブツブツと呟いている。 それから無言で睨み合う事数分。 空から、地面から、木の上から、ウンザリするほどの新たな悪霊達が、再び公園内を埋め尽くした。
/2550ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2366人が本棚に入れています
本棚に追加