第十六章 霊媒師 弥生の気持ち

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『弥生をいたぶるなら、こういう方法もあるんだよ』 ヒョウさんはそう言うと、ポケットから果物ナイフを取り出した。 あれは……さっき、ジャッキーさん()のキッチンで、ヒョウさんが首にあてがい僕らを脅した時もモノだ……クソッ! 持ち出していたんだ。 何をする気だ? まさか弥生さんの髪を切るつもりか? ヒョウさんはナイフのカバーを投げ捨てると、迷わず刃先を自分に向けて頬にあて、そしてスッと縦に引いた。 弥生さんは目を見開いて凝視した、ジャッキーさんの頬から流れる血液を。 『どうだ? 弥生も男と似たような事を思うのだろう? 自分が殴られた方がマシだと。だが殴らないよ。その代わりに弥生の大事な志村を切り刻む。それを視て絶望するがいい。今の弥生はまともに動けない。自慢の刀も振れないだろうからな、指でも咥えて眺めてろ。それから男、志村や弥生を助けたいなら、赤い珠を捨てて今すぐ俺を止めに来いよ、……どうした? 来ないのか? なんだ冷たいな。来ないのなら、続きだ』 コイツ……最悪だ。 人の嫌がる事を、悲しむ事を的確に突いてくる。 弥生さんは、動くのも辛そうなのに、何とか身体を起こそうとしている。 そしてヒョウさんは、そんな弥生さんの目の前、至近距離にしゃがみ込み、血の流れる頬を見せ付けて、さらに腕も切りつける。 「……やだ……やだぁ……やめてよぉ……」 かすかに聞き取れるかどうか。 そんな小さな声で、ヒョウさんに懇願する弥生さんは泣いていた。 どんなにマジョリカさんに責められても、マジョリカさんの声だけに反応したジャッキーさんを見ても、ジャッキーさんが自分を好きになったのは錯覚だと言い切った時も、マジョリカさんとちゃんと話せと説教した時も、どんな時でも泣かなかった弥生さんが泣いている。 「……おねがいだから……やめて……アタシを切ってよぉ……」 ああ……僕は何も出来ないのか、あんなに弥生さんが泣いているのに。 もうフォーマンセルのリーダーでも、強い姐御でもなくなってしまった。 『……たまらないな、弥生のような強い女が無力になって、悲しみに泣いている……何も出来ない自分に絶望している……もっと……もっと悲しめ、絶望しろ、その負の感情が霊力(ちから)を更に高めるんだ……さぁ、もっと志村を刻んでやるからな……ちゃんと視るんだ……ほら……泣け……もっと泣けよ……』 掠れた声のヒョウさんは、恍惚状態でジャッキーさんの身体を切り刻む。 今度は太ももだ、カンフースーツの上から刃を食い込ませ、スゥっと縦に滑らせていく、布ごと皮膚が切れていく。 視ていられない……だが一つだけ、救いがあった。 ヒョウさんは、精神的に弥生さんを追い詰める気でジャッキーさんを刻んでる。 だけど決して深くは切っていないんだ。 これはジャッキーさんの身体を使って、弥生さんの髪と心臓を手に入れる為だ。 致命傷を与えて、生者の身体を壊してしまってはそれが叶わなくなる。 とはいえ……血の出やすい箇所をワザと切ってるのだろう。 流血したジャッキーさんを見て、弥生さんはどんどん追い詰められている。 「血がでてる……いたいよ……もうやめてよ……うっ……うっ……やだぁ……ほんとにやめてよ……うっ……」 弥生さんは泣きながら、痛む身体に鞭打ってなんとか上半身を起こした。 止まらない涙を拭う事もせず、血の出る傷口を見せ付けられて、またさらに泣きながら、ジャッキーさんを傷付けないでくれと切願してる。
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