第十六章 霊媒師 弥生の気持ち

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『……ああ、いい匂いだ……! 髪から絶望の匂いが立ち込めている! 実に素晴らしい! じゃあ、今度は胸だ。弥生、悔しいか? 悲しいか? 可哀想になぁ、ククク』 またもカンフースーツの上から果物ナイフをあてがった。 弥生さんはそれを見て、やだやだと首を横に振っている。 だが、いやだと言われて『はいそうですか』とやめるはずがない。 ヒョウさんはニタリと笑い、ナイフを胸に突き立てる、途端、花の蕾が開くように滲む血が広がった。 さらにそこに力を加えて横に引こうとした、その時。 「やだぁぁぁ!」 叫ぶように泣き出した弥生さんは、腕を前に、無謀にも素手で刃を掴もうとした。 嗚咽を漏らして、顔をグシャグシャに歪ませて、文字通り身体を張って、ジャッキーさんを守る為、鋭利な刃ごと握りしめようと____ ____鋼の腕がそれを止めた。 手にあるナイフをその場に落とし、代わり、細い手首を乱暴に掴む。 一瞬、時が止まった錯覚に陥った。 弥生さんは手首を掴むゴツイ手をジッと見つめる。 その数瞬後、大きな目には新たな涙がぶわっと溜まり、瞬き一つでボタボタと落ちていく。 あんなの見たら……聞かなくても分かるよ。 刃を掴もうとした弥生さんを止めたのはジャッキーさんだ。 やっと出てきてくれたんだ。 ジャッキーさんは、弥生さんの手首を離さないまま、反対側の大きな手で泣いている片頬を包みこんだ。 指先は流れる涙を優しく拭う。 「弥生……やっぱり泣いてた、」 同じ“弥生”と呼ぶ声は、さっきまでと全然違う。 すごく心配そうで、それでいて優しくて、僕まで泣いてしまいそうだ。 地面に膝を着き、泣き顔を覗き込むジャッキーさん。 弥生さんは頬を包むゴツイ手に、小さな手を重ねてこう言った。 「……傷、痛いよな……ごめん……ごめんね」 「そんな顔するな。痛くない、大丈夫だ。弥生、辛かったな……遅くなってごめんな」 「ううん、だってこうして戻ってきてくれた、またアタシを助けてくれた、それだけで充分だよ」 「……中で(・・)……ずっと夢を見てたんだ。……マジョと出逢った日を……それから弥生との訓練の日々を……それがあまりにも幸せで、目が覚めずにいた。悪かったな、」 「そうか……そんなに良い夢を見てたのに……よく戻って来れたなぁ」 「……ん、聞こえたんだ。弥生の泣き声がさ。最初は遠くから……それがだんだん近くなって、いつまでたっても泣き止まないから心配になった。おまえは辛い時も笑う、なのに泣くのは余程の時だろう?」 「うん……だって……悪霊(ヤツ)が、ジャッキーの身体を刻んだの……それが辛くて悲しくて、そんなの止めさせたいのに……身体が思うように動かなくて、傷がどんどん増えてって……みんなアタシのせいだ……」 「違う、弥生のせいじゃない。このくらいの傷なんともないさ。自分で良かった、おまえじゃなくて良かった」 「……鏡を見てないからそんなコトが言えるんだ。頬の傷、跡になるかもしれない……マジョリカが視たら泣いちゃうよ」 「そんな事ないさ。きっと傷すらも恰好良いと言ってくれる。あの子はそういう子だ。弥生も言ってくれよ。傷が渋くて恰好良いって」 「あはは、なんだソレ」 「……やっと笑ってくれた。おまえが笑うと嬉しい、おまえは笑うと可愛いよ」 「い、いきなり変な事いうなよ」 「本当の事だ」 「うぅ……と、とにかくだ、そんなコトより、中にいる(・・・・)悪霊を出してよ。ソイツを滅して、エイミーちゃんの悪霊達も滅して、早いトコぜんぶ終わらせよう。マジョリカが待ってる。後でちゃんと話をして、」 「……ああ、」 この時、弥生さんは気付いていなかったんだ。 「ああ」と答えたジャッキーさんの顔が、ひどく沈んでいたという事に。
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