第十六章 霊媒師 弥生の気持ち

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◆ 東の空が白み始めた頃。 それは突然姿を現した。 『来た……、』 マジョリカはそう呟くと、胸のペンダントに口を寄せて、なにやら小さな声で話を始めた。 おそらく相手はバラカスだ。 でも、話の内容までは聞こえてこない。 そんな事より……今、アタシは空に釘付けになっていた。 話には聞いていた。 そういったモノが存在するのだと。 悪事を尽くした死者、もしくは心当たりがある死者、そんな後ろ暗い死者達は悲鳴を上げて逃げ出すと言う。 真新しい朝を(けが)すように。 うんと高い場所から、こちらに向かって伸びるソレ(・・)は、数種類の黒色(こくしょく)が混ざり合い、斑な模様を作ってる。 不安になるほどブクブクと泡だって、まるで煮えたぎる濁流のようだった。 一度は明るくなりかけた空なのに、濁流の撒き散らす大量の靄のせいで、みるみるうちに光を食い潰し、辺りは暗くなった。 「マジョ……あれがそうなんだな?」 ジャッキーがマジョリカに聞いた。 『うん、そうだよ。さっきバラカス経由で白雪ちゃんに連絡したの、現世で百体強の悪霊を拘束中だって。協力者は現世在住の霊媒師、志村貞治氏、大倉弥生氏、岡村英海氏、以上三名だとも。【光道(こうどう)開通部】(おさ)、白雪から”深い感謝と最後まで気を抜かず安全を死守してください”との伝言、いま確かに伝えたよ、』 少し前まで悪霊に怯え泣きじゃくっていたマジョリカの横顔は、凛として真剣そのものだった。 背筋をピンと伸ばし、ゴツイリングのついた左手がエイミーちゃんの少し上を指さした。 すると濁流は、その指先に導かれるように流れを変える。 途端、霊鎖に拘束されている悪霊共が悲鳴を上げて騒ぎ出した。 ____来るなぁぁぁぁぁっ!! ____助けてくれぇぇぇぇぇぇっ!! ____悪かった! 改心するからぁぁぁぁっ!! なにを今さら、だ。 マジョリカは騒ぐ悪霊共を一瞥し、すぐに濁流に目線を戻した。 そして、 『ウチラ【光道(こうどう)開通部】の仕事は道を伸ばす事。 善の死者には【光る道】を、悪の死者には【闇の道】を。【光る道】は善の死者を黄泉の国へと導くけど、【闇の道】は悪人達を地獄に流す、』 そうだ、前に先代が教えてくれた。 人が死んだ時。 黄泉の国に逝けない悪人の元には、【闇の道】がやってくるのだと。 その道はマグマのように高温で着けた足裏を焼く。 歩くたびに足の皮が、皮膚が、道に溶かされ削られる。 それでも立ち止まる事は許されない。 痛みと辛さに泣き叫んでも、一定の時間動かなければ、闇の道から闇の触手が無数現れて、霊体(からだ)を倒され引きずられるの。 そうなれば接地面、霊体(からだ)全体が焼かれて溶けて、道に癒着し、無理に引っ張られれば皮膚がメリメリと剥がれるんだ。 大抵の悪霊共は、それなら自分で歩いた方がマシだと立ち上がる。 立ったとしても同じ事。 すでに焼かれた足裏に感じる痛みに叫び、泣いて、耐えきれずに再び倒れる。 するとまた闇の触手が現れて……この繰り返し。 これが終点地獄までの48時間、絶え間なく続くんだ。 数時間もしないうち、霊体(からだ)の肉は焼けて、削がれて、剥き出しの骨になる。 だけどそれで終わりではないの。 霊体(からだ)は強制的に再生されて、焼ける前に戻される。 救済じゃない。 再び焼かれ癒着し剥がされ、繰り返し苦痛を与える為だ。 想像しただけで身体が縮む。 こんなにエグイのに、あくまで道は道なんだ。 【闇の道】の終点。 本物の地獄に着けば、ここからが本番で、もっと辛い事が待っている。
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