第十六章 霊媒師 弥生の気持ち

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『髪ぃぃぃ! とっとと髪を寄越せぇぇぇ!!』 必死すぎて見苦しすぎる。 でもいいよ、髪という餌に食らいつけっ! アタシは右手で自分の髪を鷲噛み、さっき拾ったナイフを左の手に持った。 ザクザクと鈍い音をさせながら、ヤヨちゃんにせがまれて伸ばし続けた長い髪を切っていく。 マジョリカは『髪……大倉の大事な髪……』と泣いてるけど平気だよ、髪なんてまた伸びるんだから。 「アタシの髪をくれてやるっ! 受け取りなっ!」 握った髪の束、それをアタシは悪霊の顔に思いっきり投げつけた。 『俺の髪ぃぃぃぃっ!!』 バッ! と両手を伸ばした悪霊は、浅ましくもアタシの髪を引っ掴むと、そのまま口に押し込んだ。 クチャクチャモシャモシャ嫌な音をさせながら、食む事に夢中になっている。 だけどおかげで、マジョリカは悪霊から解放された。 悪霊(ヤツ)が髪に気を取られているうちに、アタシは鎖を引っ張りマジョリカを寄せた。 悪霊から切り離されて、女二人はそのまま下へと落ちていく。 最後に視た悪霊は、口の端からアタシの髪をはみ出させ『これで助かるんだぁぁぁぁ!!』と絶叫していた……が、闇の触手は淡々と、焼ける道上に悪霊を叩きつけた。 『ギャァァァァァァ!! あづい!! あづいぃぃ!! だずげでぐでぇ……!!』 最後の悪霊を回収した【闇の道】は、高度を上げて地上を離れ、天高くへと昇ってく。 マグマに焼かれる苦痛の叫びは、いつしか薄く遠くへ消えた。 良かった……奪還出来た……息が漏れる、心の底から安堵する。 今、アタシの手の中にはマジョリカがいてくれて、霊鎖で繋がれた女二人は、なんとか無事に逃げ切れた。 捕らわれの女神さまコト、マジョリカは近い距離でアタシを視ながら『大倉ぁ、大倉ぁ、ありがとぉ』と、いつまでも泣いている。 かわいそうに、現世に来てからこんなのばっかりだ。 アタシは落ちながら、巻かれた鎖越し、泣く子の腰をトントンと叩き続けていた。 ドスンッ!! ……ヨロヨロ……ドテッ!! マジョリカを抱えたまま落ちたアタシを、地上のジャッキーがキャッチした。 空から降る人間を受け止めるってスゴク危険だ。 下手すりゃ大怪我をするかもしれない、なのに来た、来てくれると分かってた。 だからアタシは安心して落ちる事が出来たんだ。 受け止め、よろけて、尻もちついて、地に座るジャッキーの腕の中にはアタシとマジョリカが抱かれていた。 「弥生! 大丈夫か!? 怪我は!? 痛む所は!?」 生身の身体のアタシに負傷箇所はないか、しつこいくらいに聞いてくる。 どこも痛くないと答えると、はぁぁぁっと息を吐くジャッキーは汗だくだった。 「ただいま、マジョリカ無事だよ。ジャッキー受け止めてくれてありがとな」 『ジャッキ……怖かったよぉ……ウチも地獄に流されるトコだったよぉ』 泥だらけのアタシと泣き顔のマジョリカ。 ジャッキーはアタシ達の顔を交互に見て、 「マジョ……弥生……無事で良かった、間に合って良かった。弥生、マジョを助けてくれてありがとな。マジョ、怖かっただろう? なのに最後まで諦めないでくれてありがとう。二人が無事で本当に……本当に良かった、」 そう言った最後の方は泣いていて、その顔を見られたくないのか、ジャッキーはアタシとマジョリカをギュゥっと抱きしめたんだ。 分厚い胸の中は温かくて、安心出来て、アタシはジャッキーの肩に顎を乗せて、つかの間の幸せを噛みしめていた。 ふと横を視ると、反対の肩には同じく顎を乗せたマジョリカがいた。 女二人はなんとなく目を合わせ、なんとなく笑った。 残っていた【闇の道】の靄が完全に飛散して、空はまた明るさを取り戻していた。
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