第十六章 霊媒師 弥生の気持ち

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____不満や不安を隠さないで、自分は鈍感なんだ ____当たり散らしてくれるくらいちょうどいいの そう言ってくれるから、ウチはジャッキになんでも話せたんだ。 その日あった楽しいコトも、反対にイヤだったコトも。 ジャッキに話せば楽しいコトは倍楽しくて、イヤなコトは忘れちゃう。 落ち着いた低い声、考えてから発せられる優しいコトバ、ウチの気持ちを分かろうとしてくれて、ウチが泣けば一生懸命慰めてくれた。 距離はあっても、淋しさはあっても、それでも確かにウチはジャッキに支えられていた。 もっと、早く気付くべきだったんだ。 ____マジョの話が聞きたいな、 そう言ってウチの話を熱心に聞くジャッキは、この八年、一度だって愚痴を言った事がない。 ジャッキは自分の話をほとんどしない。 ウチはジャッキに支えられていたけど、ウチは支えていたのかな? 幸せで、ジャッキの優しさに甘えるだけで、支え合ってはいなかったんじゃないかな? ウチはいつしか鈍くなっていたのかもしれない。 黄泉の国は理想郷。 住む人達はみな優しくて親切で、お金の心配も、生活の心配も、病気や老いの心配もない。 ウチみたいに仕事を持ってる死者はいるけど、それは生活の為じゃなく、その仕事が”好き”だからとか”やりがい”を感じるからとか、そういう理由で働いてるの。 なら現世は? 現世はとても大変な所。 死者、生者、共に一定数の悪い人がいて、善良に生きる人達の権利を、人格を、尊厳を、平気で踏みにじるんだ。 侵害されないように、搾取されないように、気を付けて生きなければならないし、時に戦わなくてはならない。 それだけじゃないよ、生きていくにはお金がかかる。 黄泉のように、なんでも指を鳴らせば手に入るとはいかないんだもの。 生きる為、生活する為に必要なお金を得る為の仕事。 これだって必ずしも、”好きな仕事”、”やりがいのある仕事”に就ける訳じゃない。 ”嫌いな仕事”、”やりがいを感じない仕事”、”したくない仕事”に就かなくてはならない事もある。 ううん、たぶん、後者の方が圧倒的に多いんだ。 それでも、自分の為に、家族の為に、我慢して、歯を食い縛って、頑張るしかないの。 辛い事、まだあるよ。 生きていれば、生者ならみんな平等に年を取る。 生きれば生きるほど、病気や老いの心配だって強くなる。 ジャッキも不安に思う事があったのかな? ウチは死者で黄泉にいる。 風邪を引いたジャッキの看病も出来ないのに、この先もし病気になったら誰がジャッキの面倒をみるんだろう。 現世は怖くて困難が多い所。 分かっているようで分かっていなかったんだな。 現世に来て、悪霊達に襲われて、こんなに怖くて大変な所なのかと思い知ったの。 17才で死んだウチは、優しい両親に守られて生きてきた。 社会に出て働いた事もなく、もらったお給料をやり繰りした事もなく、世の中の理不尽に下げたくない頭を下げた事もない。 ジャッキは現世で、たった一人で八年間も頑張ってきたんだ。 ウチに逢いたいと思いながら、だけどすぐに黄泉に帰る事は出来なくて、辛くて、常に付きまとう希死念慮に悩まされて。 ウチ、どうして疑問に思わなかったのかな。 まったく愚痴を言わない人なんているはずないじゃない。 ジャッキからもっと話を聞き出すべきだったんだ。 ウチはただ甘えて、支えてもらって、幸せに浸ってた。 裏でジャッキは苦しんでたというのに、もがいていたというのに。 現世で苦しんでいたジャッキを救ったのはウチじゃない。 大倉弥生だ。
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