第十六章 霊媒師 弥生の気持ち

200/222
前へ
/2550ページ
次へ
「マジョ……?」 ジャッキの声に我に返る。 そうだ、ウチ、ジャッキの名前を呼んだクセに、そのまま考え込んでしまった、黙り込んでしまった。 『ごめん、考え事しちゃってた』 ウチがそう言うと、「何を考えてたの?」でも「マジョの話が聞きたいな」でもなく、 「ごめんな、」 そう謝ったんだ。 『なにが……”ごめん”なの?』 既視感だ。 これと同じコト、八年前にも聞いたな。 夜の草原で、星空の下で、ジャッキはウチを抱きしめて甘くとろけさせたんだ。 あの時ウチは、男の人にあんなコトをされたのが初めてで、ドキドキして、なにも考えられなくなって、だけどちっともイヤじゃなくて、ジャッキにならもっと抱きしめてもらいたいって思ったの。 だから、”ごめん”って謝られたのがイヤだった。 だから、イジワルして”なにがごめんなの?”って聞いたんだ。 でも今日は違う。 意地悪で聞いてるんじゃない。 本当に知りたいの。 ねぇ、なにが”ごめん”なの? 大倉のコト? 悪霊騒ぎにウチを巻き込んだコト? それとも、”もう逢えない”って言ったコト? ジャッキは少し淋しそうに、そしてとても辛そうな顔でこう言った。 「自分は……マジョを裏切った。アナタが好きでたまらないのに、アナタが大事でたまらないのに、その気持ちは今だって変わらない。なのに弥生の事も好きになってしまった、アナタを深く傷付けたんだ」 憔悴してる。 こんな顔したジャッキを視るのは、現世に帰る直前以来だな。 視てると胸が締め付けられる。 そんなのいいよ、大丈夫だよ、そう言ってあげたいけど、傷付いたのは本当だ。 浮気はしない、ウチしか愛せないと言ったのに、ウチ以外の大倉も好きになったんだもの。 先週、声だけでそれを聞いた時、ウチは大泣きして、ひたすらジャッキを責めたんだ。 どうしてウチを好きなまま大倉も好きになってしまったのか、その理由をちゃんと聞かず、言い訳する機会も与えず、ただただ子供のように泣き喚いたの。 ジャッキは軽い気持ちで女の人と遊んだりしない。 そんな器用なコトが出来るならこんなコトにはなっていない。 そんなの少し考えれば分かるのに……ああ、違うな。 これは今だから分かるんだ。 実際に現世に来て、たくさん考えさせられたから。 ジャッキは大倉を好きになったけど、この先付き合うつもりもなく、今までに抱き合った事もないと言った。 ただ、想い想われ、その気持ちをお互い知ってしまっただけだと言っていた。 だったら、いっそ黙っていてくれたら良かったのにって思ったよ。 どうしてワザワザウチに話すの? 普段、自分のコトなんて何も話してくれないのに。 こういうコトは話すの? って腹が立った。 なのに……なんでウチに話したか。 その意味が分かった時、ウチはもっとパニックになった。 ジャッキはさ、抱き合った事もない大倉を本気で好きになっていた。 だけど、ウチのコトも愛してて、ウチに内緒で大倉と付き合う事は出来なくて、だからといって想いを隠したまま、ウチに嘘をついたまま、今まで通り、何事もなかったように夫婦でいる事も出来ないと考えたんだ。 二人を同時に好きになって、どちらにも嘘をつかない、そのかわり二人のどちらも諦める……そんな極端な決断したんだよ。 だから、ジャッキはウチに全部を話したの。 自分にはマジョと逢う資格はない、もう逢えない、そう伝える為に。
/2550ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2366人が本棚に入れています
本棚に追加