第十六章 霊媒師 弥生の気持ち

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マジョリカ曰く、 ”黒の電塊”はね、心に傷を抱える死者達の救済に使われるの。 生前、犯罪や事故に巻き込まれたとか、職場や学校で苛めに苦しんだとか、家庭内の暴力に悩んでいたとか……原因は色々だけど、なにをしても癒えない傷には、最終手段として”黒の電塊”を使うんだ。 黒は記憶を塗り潰す……トラウマの原因となる記憶を、ピンポイントで消去する為にね。 死者の記憶に干渉出来る”黒の電塊”。 使うのはほんの少しの欠片でいい。 量を間違え必要以上に使ってしまえば、取り返しのつかない事故になる。 そう、前にあったんだ。 その死者は、辛かった事すべてを消してしまいたくて、欠片にしないまま、マザースターから採取した塊のままで使ってしまった。 酷い事故だった、らしい。 霊体(からだ)も、忘れたかった記憶も、覚えていたい記憶も、それから魂も、すべてを黒く塗り潰されて、最後は跡形もなく消えてしまった。 「跡形も……」 鳥肌が立つ。 量を間違えれば、死者は電塊に滅されてしまうという事なんだ。 『怖いよね……でも、怖いのはそれだけじゃないんだ。”黒の電塊”が消してしまうのは死者の存在そのものなの。その死者を知る全ての人達の記憶から、その死者に関する全ての記憶を消してしまう。……事故があった時もね、トラウマ治療の申請データが残っていたから後から発覚して分かったんだ。データがなければ、誰も何も分からなかったと思う。 ジャッキは、黒を原寸のまま使う気なんだ。……そんな事されたらウチも大倉もジャッキの事を忘れちゃうよ、』 マジョリカの話にアタシの身体が急激に冷えていくのを感じていた。 ジャッキーが自分自身を滅そうとしてるくらいは予想がついた。 だけどまさか、存在自体を消そうとしてたなんて夢にも思わなかったんだ。 大体さ、この世にジャッキーを知る人間が何人いると思ってるんだよ。 その全員の記憶を消す? どういう霊力(ちから)でそんな事が、……と聞こうと思ってやめた。 聞いたってどうせ解らない、聞くだけ無駄だ。 それより今は。 固く目を閉じ黙ったままのジャッキーを締め上げる方が先だ。 「ジャッキー……アンタ随分勝手な事をたくらんでたんだね」 言いながらジャッキーに詰め寄った。 距離の削れた至近距離、アタシは思いっきり怒りを撒き散らす。 だって許せない、そんなの、絶対に許せない。 アタシの想いを、出逢って八年、好きになって七年の記憶を奪おうというの? こんなに好きになった男は他にいない、なのに大事な想い出を、大事な恋心を奪おうというの? 「ねぇ、なんとか言いなよ、答えなよ、黙ってるとか卑怯だよ、…………だからさっ! なんとか言えって!」 辛そうに目を開けたジャッキーは、詰め寄るアタシと目が合った。 だけど言葉は発さない。 なにも答えないまま、ただアタシの顔を見つめてる。 イライラする……男って、ジャッキーって、なんで大事な話で黙るんだ。 ちゃんと話してよ、なに考えてるのか教えてよ、そんなに辛いの? だったらその辛さ、ぜんぶアタシにちょうだいよ、アタシがかわりに背負ってあげる、アンタの荷物ならどんなに重くたって喜んで持つよ、アンタが楽になるんなら、アンタが笑ってくれるなら、アタシは死んでも構わない。 「だからさ、返事しろって言ってんだ、黙るなよ、勝手に消えようとするなよ、なんのためにアタシはアンタを諦めたと思ってるんだよ、アンタとマジョリカに幸せになってもらいたいからだ、こんな事望んでない、アタシもマジョリカも、勝手に記憶消されて、アンタを忘れて、それで本当に幸せになれると思うのか? なる訳ないだろ、バカかよ!」 イライラして、腹が立って、どうにかして止めたくて、なのにちっとも返事をしないジャッキーがじれったくて。 グチャグチャな気持ちを抱えて怒鳴るアタシの後ろで、マジョリカは声をあげて泣き出した。
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