第十六章 霊媒師 弥生の気持ち

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ガチャ! 背中から、事務所のドアの開く音がした。 誰かが部屋に入ってきたけど、これはきっとユリちゃんだ。 さっき、文房具を買いに駅まで行くって言ってたもんな。 おつかいから帰って来たんだろうと思っていたら…… 「あー! エイミーちゃんだー!」 しゃがれたハスキーボイスが僕の名前を呼んだ。 この声っ! 僕はガバッと振り返る。 「あは! 久しぶり!」 そこにはショートヘアもすこぶるキュートな弥生さんが立っていた。 「弥生さーんっ! めちゃくちゃ久し振りじゃない! 元気にしてた? 心配したんだよ、電話も出ないし、折り返しも来ないし! あ、でもラインは来た! 嬉しかった! そうだ、引っ越ししたんでしょ? どこに越したの? 言ってくれたら手伝ったのに!」 僕は犬か? 弥生さんを見た途端、見えない尻尾が突然生えてブンブンと振りまくる。 や、だってもう、なんだか嬉しくってたまらない。 どうしてるか心配だったし、元気な顔見て一安心だ。 「あはは、落ち着け。エイミーちゃん、せっかく電話くれたのに出れなくてごめんね。すごく助けてもらったのに申し訳ない。この一カ月、いろんな事がありすぎてさ、それで、忙しくってバタバタで、本気で息つく暇がなくて、やっと昨日でひと段落したんだ。話したい事がいっぱいある。電話じゃなくて会って話したいと思ってた。だから近いうちに時間とってくれる?」 あ……今日も特メイ班のメイクなのかな。 すごく綺麗で可愛らしい、ショートの髪もサラサラのツヤツヤだ。 でも、それだけじゃない。 なんて言うのかな、もっとこう内側から輝くような艶がある。 この人……ここまで綺麗だったっけ? 「も、もちろん! 僕はいつでもダイジョウブ。弥生さんの都合に合わせるよ」 見惚れてしまった。 女性をあんまりジロジロ見るのは失礼だと、返事をしつつ誤魔化したけど、ちょっとどもっちゃったよ、恥ずかしい。 「お詫びとお礼に何でも好きなモノご馳走するから、食べたいもの考えといてね!」 「えっ! そんなんいいよ! てか、何だったら僕が唐揚げを作ってもいいかなって、それで、」 言いかけた僕、でも続きは社長のバカデカイ声にかき消された。 「おぅ! 弥生じゃねーか! ひっさしぶりだなぁ! どうだ? 長期休みは満喫したか? つかよ、どーせ弥生の事だから毎日飲んだくれてたんだろ? へへっ! 飲み代でスッカラカンかぁ? だが安心しろ! これから入るハードな現場は全部おまえにアサインしてやるっ! 稼げ! なっ!」 ツルツルのピッカピカ。 天井のLEDが見事に頭で照り返している。 弥生さんの長期休みに散々ブーブー言ってたクセに、出社して久し振りに会えたのが嬉しいようで、悪態をつきながらも顔はニコニコだ。 「長い間休みもらって悪かったな。でも助かったよ。本当に忙しかったんだ。仕事しながらじゃこなせなかったわ。これからしばらくは気合入れて頑張るよ。それで……っと、あれ? ユリちゃんは?」 弥生さんはキョロキョロと、ユリちゃんを探して事務所内を見渡している。 あら残念、今はおつかい中ですよ。
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