第十七章 霊媒師 持丸平蔵

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日本で一番力を持っている霊媒一族、確かそう聞いた。 ”瀬山”を敵に回したら、ウチの会社なんて一捻りに潰されるとも。 それだけ大きな力を持つ一族なら、跡取りやら後継者やらの問題は、僕なんかじゃ想像がつかないくらい大変なんだろうな。 『瀬山さんは本家の一人息子でね、幼い頃から跡取りになるべく修行を積んできたの。自由なんてまるでなかったと言ってました。霊術、武術、交渉術。厳しい修行に明け暮れて、高校進学も許されず、誰かを自由に好きになる事も、結婚相手を自分で選ぶ事も許されず、一族の為に人生そのものを消費され続けてたんです』 はぁ、と曇った溜息を吐き出した先代は、かすかに喉仏を上下させる。 きっとメロン紅茶を飲んでいるのだろう。 『その瀬山さんは生涯で一度だけ、長である父上に逆らった事がありました。……好きな人がいたそうです。唯一心の許せる優しい女性で、添い遂げたいと強く願っていた。だけど父上の猛反対にあってねぇ。父上は瀬山さんに、霊力(ちから)の強い別の女性との結婚を強要したんです。抗う事は難しい。たとえ駆け落ちしたとしても、父上の霊力(ちから)で、どこへ逃げても見つかってしまう。どんなにしても引き裂かれる……そう思った瀬山さんは絶望してしまいました。一族の跡取りである以上、現世で結ばれる事は叶わない。それなら二人で黄泉に逝こう、向こうで誰にも邪魔される事なく幸せになろうって……毒を飲んで心中したんです』 聞いていて言葉が出なかった。 きっとうんと昔の話なのだろう、だけど、それにしたって時代錯誤すぎる。 瀬山さん個人の幸せなんて、まるで考えていないじゃないか。 進学も恋愛も自由にする事が出来なくて、人生そのものを消費される? どんなに辛かっただろうな……一族の為とは言え、実の父親なのに、そんなのあまりにも心がないよ。 『こう言っちゃあなんですが、心中した二人が一緒に逝ければ、まだ良かったんです。ですが逝けませんでした。父上が……毒を飲んだ二人を見つけ、瀬山さんだけを助けて、一緒にいた女性は助けなかったんですよ。あろうことか、その場に放置し死なせてしまいました。助けられた瀬山さんは一カ月の昏睡の後、意識を取り戻しましたが……父上の取った行動と、愛する女性を失った事で抜け殻になってしまった。あげく毒の後遺症で子供をつくる事も出来なくなって、結局……跡取り候補から外されたそうです』 ひどい……大きな力を持った一族ってみんなこうなの? 瀬山さんの人生をなんだと思っているんだ。 散々自由を奪っておいて、散々好きなように使っておいて、子供をつくる事ができなくなって、後継者を残せないならお払い箱か?  そんなのあんまりじゃないか。 『跡取りでなくなったとはいえ、霊力(ちから)は誰よりも強かった。家は分家が継ぐ事になったけど、瀬山さんは一霊媒師(いちれいばいし)として一族に残ったんです。本当は……きっと出ていきたかったんだと思いますよ。だけどね、高校進学も許されず、修行ばかりで世間も知らない、霊媒師以外の仕事をした事もない。だから……生きていくには、収入を得るには嫌でも霊媒師を続けざるを得なかった。元々大人しい人だったけど、その一件以来さらに口数も少なくなって、来る日も来る日も死者だけを相手にし、笑う事もなく、黙々と霊力(ちから)を使い続けていました』 ★後悔と諦めと絶望と惰性……辛い生涯を送った”瀬山彰司”の『口寄せ』です。 https://estar.jp/novels/24467908
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