第十七章 霊媒師 持丸平蔵

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『では次に、霊力(ちから)の保有量が多い人はどうなのか。こちらに関しては、ウチの子達を例にあげて話した方がわかりやすいと思います。とは言っても、岡村君はすで知ってるから簡単に。最初は、そうねぇ……清水君の話にしようかな、』 元ヒールレスラーだったお母さん。 反則技は当たり前。 パイプ椅子を振り回し、胸の谷間に栓抜きを隠し持つ。 姫様のような美しい容姿、悪魔のような容赦ない攻撃。 リングネームは ”バッドアップル” ____”ロクデナシ”という意味らしい。 先代の話を聞きながら僕はスマホをポチポチ(ちゃんと一声かけてるよ)。 検索ワードに【ヒール】【バッドアップル】を入力し、えいっと実行ボタンをタップすると……わぁ……めちゃくちゃ綺麗な女性がヒットしたよ。 どれもこれも、派手な化粧に派手なコスチュームが似合ってて、血を流し戦うショットがほとんどを占めていたのだが……その中で一枚。 生まれたばかりの赤ん坊を抱いたバッドアップルと、今よりずっと若い大和さんが幸せそうに写っている写真があった。 派手な化粧もしていない、素顔でコットンを着たお母さんは、どことなくユリちゃんに似ていた。 一人息子の社長は、それはそれは可愛がられたそうだ。 人気のヒールだったのに、そのポジションをあっさりと捨てたお母さんは、全身全霊で息子を愛した。 これまで戦ってばかりの生活が、一変して愛するばかりの生活になったのだ。 ____誠、生まれてきてくれてありがとう、 ____大好きよ、 ____勉強なんかどうだっていいわ、 ____思いやりのある強い子に育ってね、 三才になった息子に毎日こう話しかけたという。 幼くてまだ意味がわからない社長だったが、それでも自分がちゃんと愛されている事だけは理解出来た。 毎日一緒にいるのが当たり前で、いつだって優しくて、いつだって遊んでくれて、いつだって守ってくれる。 大好きなお母さん。 きょうもあしたもずっといっしょ。 まいにちだっこでおやすみするんだ。 そんなお母さんは、ある日突然いなくなった。 昨日の晩は一緒に眠ったし、朝は目玉焼きを作ってくれた。 いっぱい遊んで、夜になったらお風呂に入って、また一緒に眠るはずだった。 なのに大好きなお母さんが帰って来ない____ 交通事故だったそうだ。 その日は大和さんの誕生日。 お母さんは、遠征試合で海外にいる夫の為にケーキを作り、ネットを使ったテレビ電話でお祝いしようと考えた。 急に思い立ったものだから、家にあるものでは材料が足らない。 近所のスーパーに買い物に行こうとするも外は大雨。 徒歩で三分もかからない近距離とはいえ、大雨に三才児を連れて行き、風邪を引かせたくない。 お母さんは迷った末に、お昼寝中の社長を残して出かけていった。 社長がお昼寝から目が覚めた時、家には誰もいなかった。 古い旅館を連想させる大きな家に、三才児がたった一人。 どのくらい眠っていたのか、部屋の中は真っ暗で一人で電気をつける事も出来ない……幼子が不安と恐怖で大泣きしてしまうのに時間はかからなかった。 「かあちゃん……かあちゃんどこ? くらいよ、こわいよ、でんきつけてよ、ねぇ、かあちゃんどこ? ……どこ? どこにいるの? ……うぅ……ひっく……うぅぅぅ……かあちゃん! どこにいるのっ! こわいよっ! きてよっ! かあちゃあん………………うわぁぁぁぁぁん」 サイレンのような泣き声で、涙で顔をぐちゃぐちゃに歪め、部屋も廊下も何度も転びながらお母さんを探し回った。 だけど求める姿はどこにもない。 泣き叫び、泣き疲れ、やがて床に倒れ込み、それでもずっとお母さんを呼び続けていた。
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