第十七章 霊媒師 持丸平蔵

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『……と……と……こと……まことっ! こっち視て! かあちゃんの声を聴いて! 誠っ! こっちよ! こっち視て!』 不安と恐怖と絶望の三才児。 泣き疲れ、床に這う耳に、大好きなお母さんの声がかすかに聞こえる。 『誠っ! かあちゃんの声が聴こえる? 聴こえるならこっち視て!』 最初は小さかったお母さんの声がはっきりと聴こえだした。 ハッとして視上げると、そこに確かに母の姿があった。 ただし、いつもと様子が違う。 身体全体、陽炎のような揺らめきがある。 「……かあちゃん……やっとかえってきた」 『誠っ! かあちゃんが視えるんだね? かあちゃんの声も聴こえる?』 「……? きこえるよ。かあちゃんどこいってたの? こわかったの……だっこして、」 もぞもぞと起き上がった幼子は、いつものように温かい胸に手を伸ばす……が、抱きしめてもらう事は叶わずに、小さな手は母の身体をすり抜けた。 『ああ……誠……ごめんね、かあちゃん……かあちゃんね、さっき車に……うぅ……ごめんね、誠、ごめんねぇ……!』 うわぁと、大声で崩れるように泣き出したお母さん。 いつもニコニコ笑ってるのに、いつも元気に笑ってるのに。 「どうしたの? かなしいの? おなかいたいの? いじわるされたの? なかないで、おれがまもってあげる。とうちゃんがいってた。かあちゃんは、おんなのこだから、まことがまもってあげてって」 遠征試合で不在がちな大和さんは、お母さんを守るナイト役を社長に任せていたそうだ。 少し前まで自分だって泣いていたのに、泣いてるお母さんを守ろうとしたんだ。 『ありがとう……ああ、誠……ごめんね。かあちゃん……もう誠をだっこしてあげられないの。本当はかあちゃんだってだっこしたいよ……だけど、ずっと一緒にいるよ。誠が大人になるまで、かあちゃん、どこにも逝かないからね』 …… ………… ……………… 『幼い清水君には耐えられないストレスだったのでしょう。大和君は試合で海外にいる事が多かったからねぇ。ずっとお母さんと二人きりだったんだもの。 それで……蓋が開いて、清水君に必要なチカラが付与されました。当時の彼に必要なチカラ、それはお母さんの姿を視て、声を聴く霊力(ちから)です。霊力があれば、触れる事は叶わないけど、それ以外は今までと変わらない。毎日を一緒に過ごし、おしゃべりして笑い合えるんですから』 社長に必要だったチカラ。 それは霊力そのものだったんだな。 死者の、お母さんの姿を視て、声を聴いて、それが叶ったからこそ、社長は壊れずにすんだんだ。 死者と生者ではあるけれど、ごくごく普通の愛情溢れる親子のままでいられたんだ。 『ちなみにね、お母さんは清水君が二十歳の時に黄泉の国に旅立ちました。その時、光る道を呼んだのは私なんです、』 懐かしそうに目を細め、めっちゃ気になる話を途中で止めた先代に、続きはよっ! と催促をした。 『あの頃はウチの会社に入社前でね、清水君はアルバイトをしながら道端の踊り子をしてました』 道端の踊り子……? あぁ! ストリートダンサーってコトか! そういや前に元ダンサーだって社長本人が言ってたっけ。 てか、リアルな話だったんだ。 『元々、お母さんとの約束で、彼が二十歳までは一緒にいるとしていたそうです。それで、いざ黄泉の国に逝こうとしたけど成仏の仕方が分からない。清水君はインターネットで調べてウチの会社に辿り着いたそうです。それで無事、お母さんを送ったまでは良かったんだけどねぇ……お会計の段階で、大騒ぎになりました。なぜなら彼、千円しか持ってなかったのよ』 はぁっと溜息をつく割には顔は楽しそうに笑ってる。 僕も「それ、無銭飲食ならぬ、無銭黄泉送りじゃないですか」と笑ってしまった。 社長らしいっちゃあ、らしいけど。 『まったくです。清水君はアルバイトを増やして返すから月賦にしてくれと言い出してね。……その時にスカウトしました。それだけ霊力(ちから)があるんです。どうせ働いて返すならウチの会社で霊媒師にならないかってね』 運命の出会いでした、と片目をつむりウンウンと頷く先代。 社長が霊媒師になったキッカケ、初めて聞いたよ。 これもお母さんが繋いだ縁なのかもしれないな。
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