第十八章 霊媒師 深渡瀬 嵐(ふかわたせ らん)

2/122
前へ
/2550ページ
次へ
駅を背中に真っ直ぐ100m。 男の足で歩けば1分程度で到着できる好立地にウチの会社がある。 レンガの外壁に蔦が絡まる三階建ての古いビルで、門の横には『株式会社おくりび』の看板が鈍く光っていた。 その看板が埋め込まれた大きな門柱にピョインと飛び乗ったのは、僕が愛してやまないラブリー&スィートハニーこと大福姫だ。 姫は朝の眩い光を浴びて大きく伸びをすると、『うなぁん』と一声キュートに鳴いた。 クラッ…… ズキューーーーン!! 「か、可愛いっ! 大福ぅ! キミは世界一だよっ!」 あまりのプリティさに思わず声を発してしまった僕だったが……アウチ。 大福は幽霊猫で、一般の方々にこのエンジェルすぎる姿は視えない。 ゆえに、出勤途中のサラリーマンの訝し気な目線がズブズブと僕に刺さり……もうアイタタタなのだ。 やっちまった……が、仕方がない。 だって大福はずっと黄泉の国に逝ってたんだよ? 二カ月近くも離れ離れでめちゃくちゃ淋しかったんだ。 それがやっと逢えたんだもの。 こうして一緒に出勤するのも久しぶりで、そりゃあテンションも上がるでしょ。 うぅ、しかし蒸し暑い。 六月の上旬、いつ梅雨入りしてもおかしくないこの時期は、駅からちょっと歩いただけでも湿度の高さに汗ばんでしまう。 いやぁアツイアツイ、一分でも早く涼しくなりたいぞ。 それにはカバンの中に扇子もあるけど、もっと良い方法があるんだ。 僕は門柱でエレガントに座る大福を抱き降ろすと、クールでワガママなポッチャリボディをギュウっと抱きしめた。 「ああ……冷たくて気持ちがいい。さすが霊体、チョーひんやりだ」 幽霊猫って夏はエコだよね。 この仔がいればエアコンいらずだ。 冷たい霊体(からだ)は大きくて柔らかくて、どんな体勢で抱っこしても、僕にピッタリフィットする。 抱き心地もグレートだ。 『うなぁん(ゴロゴロゴロゴロ)』 大福は僕の腕の中で喉を鳴らして目を閉じているのだが…… くぅーっ、癒されるぅ!  これだよっ! 僕の幸せってやっぱり猫なんだなっ! 始まってもいない恋に破れ(弥生さん、お嫁にいっちゃったんだもん)ちょっぴり傷心だったけど、大福のおかげで七割立ち直った感がある。 この分じゃあ、僕の中に新たな真珠は出来なさそうだ。 「さあて。そろそろ中に入ろうか。大福、僕と一緒にお茶を飲もう」 抱っこの猫又にそう言うと、『うな』と返事をしてくれた。 この『うな』は『うむ』に等しい。 これがもし『うなぁ? うなうなうな』だと『えぇ? まだいかない』なのだ。 大福は日向ぼっこが大好きだからねぇ、ふふふ。 門扉から社屋に入るまで、たっぷり時間をかけながらテクテクと歩く。 こんななんでもない時間すら幸せで、デレデレと顔を緩めていたその時。 僕の背後からやる気のなさそうな、もしくは低血圧の方ですか? と聞きたくなるような、脱力し間延びした声が聞こえた。 「ざいまーす、」 「ん?」と振り向くとそこには。 若くて細身の男性がヘッドホンを付け、スマホをポチポチ弄りながら社屋入口に向かって歩いていた。 ざいまーす……って、もしや「おはようございます」ってコトかな? 僕の背中を通り過ぎ、すでに後ろ姿と化しているけど、慣れた様子でガラス扉を開けている。 オーバーサイズのチェックのパンツに、同じくオーバーサイズのベージュのシャツでゆるコーデ。 斜め掛けの黒いバックは小さくて、あれじゃあお財布以外は入らなそうだ。 でもって髪はオレンジ色で、柔らかそうな毛先がクルクルと外に向かって跳ねていた。 な、なんかオシャレな人だな、若そうだったし。 社長やジャッキーさんとは真逆のタイプだ。 てか……あの方、どなた?
/2550ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2367人が本棚に入れています
本棚に追加