第十八章 霊媒師 深渡瀬 嵐(ふかわたせ らん)

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◆ 大きなガラス扉を開けて社内(なか)に入る。 進行方向、真っ直ぐ廊下を歩いていけば突き当りに給湯室、そのすぐ横のドアの向こうが、おくりび社員の机が並ぶ事務所になっているのだ。 女性陣は出勤すると、まず三階女子更衣室に行く。 ウチの会社に制服はないので着替える必要はないけれど、ロッカーにカバンを入れたり、身だしなみのチェックなんかもするのだろう。 そして僕を含めた男性陣はというと……男子更衣室を使う人はほぼいない。 カバンは事務所に持ち込んじゃうし、スーツ着用だから着替えもない。 身だしなみチェックは普段はテキトウ、ちゃんとするのはお客様応対がある現場に行く時だけだ。 そんなこんなで、誰も使わない男子更衣室っていらなくないか? と思うけど、少数ながら使う社員がいるからと、潰さずにそのままにしてあるそうだ。 ガチャ! 「おはようございまーす」 『うなー』 二人揃って事務所に入ると「モーニン!」と社長が、「おはよございま……わぁ! 大福ちゃんおかえりー!」とユリちゃんが、朝のご挨拶を返してくれた。 室内はすでにエアコンが稼働しているようで湿度もなくて涼しい。 腕の中の大福は、ニュウっと首を伸ばして僕の鼻をひとなめすると、そのままスルリと机の上に飛び乗った。 きっとこのままくっついていたら僕が風邪を引くと思ったのだろう。 んもう……大福ってホントに、 可愛い! 優しい! 賢い! んー! パーフェクトにゃんこだよっ! ふぅ。 とりあえず始業前の一休み。 僕は自席に着いて、リュックの中からマイボトルを取り出した。 今日のお茶はハイビスカスティー。 甘酸っぱくて酸味は強め、クエン酸が豊富だから疲労回復の効果がある。 ここの所、蒸し暑いからね、バテないようにチョイスしたんだ……って、今日は水渦(みうず)さんはいないのか、残念。 十時になったらみんなで飲もうと、ティーパックも持ってきたんだけど、まぁいいや。 今度会ったらまた淹れてあげよう。 「エイミー、」 天井のLEDを反射させる社長が、手に持つ何かをニギニギしながら僕に声を掛けてきた。 「今日な、エイミーがまだ会った事のない霊媒師が出社すんだよ。後で紹介するからな」 この一言で僕の胸はドキンと高鳴った、と同時。 もしかして、その霊媒師の方って、さっき見たオレンジ髪の若い男性じゃないのかな……と考える。 だって手慣れた様子で社屋に入っていったもの。 死者なら結界に阻まれ建物には入れない、難なく入ったってコトは生者でしょう? 仕事の依頼者が訪問してくる事もあるけど、始業前にやってくるとは考えにくい。 「社長、その方は若い男性じゃないですか? 髪がこう、オレンジ色で……」 気になって聞いてみる。 すると右手でニギニギしてたナニカを左手に持ち替えてから答えてくれた。 って、さっきから何をしてるのかと思ったら、アレ、手の筋肉を鍛えるヤツだわ。 V字型のシンプルな器具で、名前は確かハンドグリップ。 てか、スゴイな。 社長って暇さえあればどこかしら鍛えてるよね。
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