2367人が本棚に入れています
本棚に追加
社長の説明を嵐さんは俯きながら聞いていた。
「嵐のデスクにモノがねぇのも、いつクビになっても慌てないように、私物をあまり置かないんだ。俺が嵐をクビになんかするはずねぇのにな」
社長はそう言って嵐さんの頭をクシャクシャとかき混ぜた。
あーもー、社長は髪がないから分からないだろうけど、せっかくセットしたオレンジヘアが台無しじゃないか。
んもー、なんて呆れてしまった僕の前、嵐さんは乱れた髪を気にするでもなく、泣きそうな顔で笑っていた。
「嵐、エイミーとユリに挨拶出来そうか? 無理ならいいぞ? 理由も話したしよ、この二人なら出来なくたって怒りゃしねぇ。どうする?」
こう聞かれた嵐さんは、しばらく悩んで、それでもコクっと頷くと、僕とユリちゃんの前に来てくれた。
「あ、あの……ボク、し、失礼でしたよね。ごめんなさい、」
震えた声でそう言うと、ガバっと頭を深く下げた。
やっ! そんなにかしこまらなくてもっ!
「だ、だいじょうぶです! 僕ぜんぜん気にしてないです!」
「そうですよ! 私も知らない人は緊張します!」
テンパった僕もユリちゃんも、嵐さんと同じくらい頭を下げた。
そんな僕らを見た嵐さんは、少しほっとした顔をする。
「ボ、ボク……その……朝、会社に着いて、し、知らない方が……岡村さんがいるのが見えて、すごく緊張しました。話かけられたらどうしよう、また真っ赤になっちゃう、やだな、恥ずかしいなって。あ……あ……ちょっとだけすみません、」
話せば話すほど顔が赤くなってしまう嵐さんは、「すみません」と言いながら横を向く。
そこに大福がポテポテとやってきて、熱の頬に肉球をあてた。
「猫ちゃん、ありがとうね。……だから、岡村さんが会社に入るまで待ってようと、隠れて見てたんです。でも……猫ちゃん抱っこして楽しそうで、それで、な、なかなか会社に入らないから、し、仕方なくヘッドホンしてスマホ弄って、話かけられないようにして……早足で抜かしてったんです、」
こちらを見ないまま、朝の出来事を語ってくれる嵐さん。
や、ごめん、大福と一緒の出勤が嬉しすぎて、外を満喫しながらノロノロ歩いてた僕が悪いの。
緊張させちゃってごめんね。
無言で通り過ぎる事も出来たのに、それでも「ざいまーす」って頑張って挨拶してくれたんだ。
あれだって勇気がいただろうに……ありがとうね。
「それと……ユリさん。ご結婚おめでとうございます。社長はすごくすごく良い人だから、絶対に幸せになると思います」
嵐さん、頑張ってる。
そらした顔を何秒かこちらに向け、真っ赤になって「おめでとう」を言っている。
言われたユリちゃんは、
「あ、ありがとうございます! も、もうすでに幸せです!」
と嵐さん以上に真っ赤っかだ。
嵐さんは再び横を向き、
「あ、あの……ボク、この会社に入れて良かったと思ってます。出来れば長く勤めたい。だ、だから、その……き、気長に見てもらえると嬉しいです。こうやって顔を見る事が出来なかったり、また……パニックになるかもしれません。だけど少しずつ慣れていけば今よりマシになると思うんです、」
嵐さんは、つっかえながらも僕達にそう言った。
「「もちろん!」」
僕とユリちゃんの声が重なる。
最初のコメントを投稿しよう!