第十八章 霊媒師 深渡瀬 嵐(ふかわたせ らん)

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ルームミラー越しに(らん)さんの顔が見える。 見てない振りして、視界のはじっこでそれを見てるのだ。 (らん)さんは最初、チューブから出した緑のクリームに怯んでいたものの、指にとり薄く顔に馴染ませた。 あら? あらら? あらー。 塗ってみると緑じゃないよ。 僕はてっきりカエルちゃんになると思っていたのに。 若干、元の顔より白くなったかな? と思うくらいで不自然さはまったくなかった。 「わぁ……キーちゃん、コレすごいね。顔につけると緑じゃなくなる。……だけど、本当にボクの赤いの隠れるかなぁ。茹でたタコさんくらい赤くなるから心配だよ。んー……もっと塗った方がいい?」 (らん)さんが不安そうにそう聞くとキーマンさんは、 「ウェイトだキャスリーン。あまりたくさんつけるとリアルグリーンフェイスになる。今くらいでちょうどいい。to try(ためしに)、このままチェリーボーイとフェイス to フェイスでトークしてみたらどうだ」 と、リハビリをすっ飛ばして実戦を勧めたのだ。 「え……それはちょっと……まだ早いと言うか……」 「Don't worry about anything……何も心配するな、ドミニク。俺を信じろ。ビッリィィブだ」 キラッ!  ハンドルを握るキーマンさんの歯が光る。 (らん)さんは「うっ」とかなんとか唸った後、しばらく助手席で黙りモジモジしていたが、「キーちゃんはウソつかない」と独り言ち、ソロリソロリと後ろを向いた。 バチンと目が合う(二回目)。 その目は怯えたハムスターのようで、ついでに唇も震えていた。 やだ……! 僕まで緊張してきちゃう……! な、なにか話さなくっちゃ、えっと……えっと……そうだ! 困った時は猫の話題。 僕は隣でプープー鼻を鳴らして眠る幽霊猫を指さした。 「ら、(らん)さん、この猫は二尾の猫又で名前は大福っていうの。今、僕と一緒に住んでいるんだ」 「………………大福……ちゃん」 (らん)さん、頑張ってる! 無言じゃない、ちゃんと答えてくれた! 「幽霊猫だけど、弥生さんが先代に頼んでくれて、会社の中に入れるようにしてくれたんだ。だから僕が出社した時はたいてい一緒にいるからヨロシクね」 「………………先代……弥生さん……」 いいぞ! まだ僕を見てくれてる。 チョイチョイ目を逸らすけど、戻ってくる。 それに……ん、顔、赤くないじゃん。 もしかしてグリーンの下地が効いてるのかな……? 「(らん)さん、今、顔熱い? ぜんぜん赤くなってないよ?」 「……! ほ、ほんと? 今、すごく熱いよ。耳までジンジンしてる」 耳? あっ! 本当だ、耳は真っ赤だ。 てことは……今、(らん)さんは顔も赤くなってるはずなんだ。 「ちょ! (らん)さん、確かに耳は赤い。でも顔は変わらないよ! すごくない? 本当にグリーンがレッドを抑えてる!」 「ハッハー!」キーマンさんのしてやったりな笑い声。 や、マジでスゴイわ。 事務所ではあんなに真っ赤だったのに! (らん)さんは小さな手鏡で自分の顔を見つめていた。 角度を変え、頬に手をやり、驚愕の表情を浮かべてる。 やがてグズグズと鼻をすすり、つぶらな目から大粒の涙をボロボロと零した。
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