第二十一章 霊媒師 ……もいる、黄泉の国の話

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ここで一旦言葉を止めて、白雪さんはウチに向かってボクサーみたいなポーズを取った。 肩を丸めて二つの拳は顔の前。 軽く構えているけれど、筋肉質の鋼の霊体(からだ)はギリシャ神話のヘラクレスを思わせる。 そのヘラクレスはボクサーポーズもそのままに、 『だって私は強いから! ほら視て、なんだか本当に強そうでしょう? 心配しなくていいの。安心して任せてちょうだい』 そう言って人懐こく笑ったの。 ウチはもう我慢が出来ずにさっきとさかさま、白雪さんの鋼の手首をガシッと掴んで訴えた。 『駄目、駄目なの! 白雪さんは知らないんだ、アイツ、すごく怖かったよ! 力も強くてウチの背中を蹴った時、何メートルも飛んじゃったんだ! いくら白雪さんが強くても、あんなの相手じゃ危ないよ!』 必死になって食い下がった。 ウチのせいで優しい人が怪我をしたら、そんなの絶対嫌だもの。 『…………マジョリカさん、そんなに強く蹴られたの? なんて事を……私、絶対に許さないわ。これはますます行かなくちゃね……!』 『え、ちょっと白雪さん? ウチの話聞いたでしょ? 行っちゃ駄目って言ったでしょ? アイツは危険なの、なんで ”ますます行かなくちゃね” になっちゃうのー!』 『ん? だって友達が乱暴されたのよ? 黙ってられる訳ないじゃない!』 『あーもー! 駄目ったら駄目なのー! あのね、真面目に聞いて。ウチ、本当に心配なんだ』 『マジョリカさん……やだ……嬉しい……ありがとう。でもね、私ね、自分で言うのもなんだけど本当に強いのよ。まわりもそれを知っているからこの数百年、イチパンを除いて誰かにココまで心配してもらった事がないの。ふふふ、だからびっくりしちゃった……本当にありがとう。その気持ちがとっても嬉しいわ。…………とは言っても、どうしても納得できないって顔ね。 仕方がない、マジョリカさんを行かせられないもう1つの理由を話すわ。それこそあなたに心配かけたくなくて、黙って行こうと思ったけど、そうもいかないみたいだし』 『”もう1つの理由” ? と言うのは……? ウチじゃ勝てそうにないってだけじゃないの?』 『ええ、本当はそれだけじゃないわ。 さっきの話によると、悪霊はジーナさんの身体を乗っ取るつもりでいるのよね?』 『……そうです。その為に10年も準備をしてきたみたいだし、諦めないと思う』 『だからこそ私が行くのよ。そんな事をさせない為に、そして、二度とジーナさんに近寄らせない為に』 『あ、ありがとうございます。ウチも絶対止めたいって思うよ。ジーナの身体も人生もジーナのものだもの』 『そうね、その通りだわ。決して許される事じゃない。そしてあまりに浅はかよ。悪霊は分かってないわ。霊媒師でもエクソシストでもない、技術も知識もないただの一悪霊(いちあくりょう)が生者の身体を乗っ取れるはずがないのに』 『え……それってどういう意味なんですか……? 出来ないって事は、ジーナは乗っ取られないって事……? 無事でいられるって事……? でもそれならどうして白雪さんがわざわざ行くの……?』 嫌な予感がする。 白雪さんの表情が暗い、そしてほのかに怒りの感情も感じた。 何を言うの? 教えて、ぜんぶ教えてほしい。 『死者が生者の身体を乗っ取ろうとする。これはね、現世を彷徨う悪霊達がよくする事なの。だけど9割失敗する。うまくなんかいきっこない。なぜなら混ざってしまうから。2つの魂が1つの身体に仕切りも無しじゃ共存は不可能。無理に入れば、お互いを排除しようと魂達はぶつかり合って、そして最後はぐちゃぐちゃに混ざり合う。その結果、両者共に自我を失くして……消滅してしまうの』
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