2366人が本棚に入れています
本棚に追加
◆
「あーあ、七年の恋が終わっちゃったぁ」
そう言って笑う弥生さんの顔は、ちっとも恋は終わっちゃなくて、いまだ強く想っているのがバレバレだ。
だけど弥生さんとジャッキーさんが決めた事なんだもの、僕がどうこう口出すべきじゃない。
「それで、今回の事と一カ月の休みって何か関係……あるよね。もしかして傷心旅行的な? いいと思うよ。羽伸ばして、思いっきり楽しんでさ」
「アリガト……ん、少しゆっくりして、これからの事を考えたい。正直、今のアタシはツカエナイ。現場に行ってもまともに働ける気がしないんだ。ツーマンセルでも組もうものなら確実に足を引っ張る。それに引っ越しもしたいんだ。今のアパートじゃ、ばったりジャッキーに会っちゃいそうだもの」
「あー、近いもんねぇ。引っ越すなら僕も手伝うから声かけてよ」
「……天使! エイミーちゃん、マジ天使! ついでにシチューも作って!」
「あははは、いいよ。今度は僕の家においでよ。ウチ、ホームベーカリーあるからパンも焼いてあげる」
「ホントか! やったー! エイミーちゃん大好きっ!」
半べそだった先輩霊媒師は、シチューとパンで大喜びだ。
そんなんで笑ってくれるなら、毎日だって作ってあげるよ。
ドンドン
ガチャッ!
乱暴なノックの音と同時にドアが開いた。
僕と弥生さんで振り向くと……アウチ……嫌な予感。
そこには水渦さんが立っていた。
そういや交通費精算と、次の現場の(スーパーハードモードらしい)打ち合わせで出社するって、予定表に記してあった。
大丈夫かなぁ……弥生さんと水渦さんって、めちゃくちゃ仲悪いんだよなぁ。
また喧嘩にならなきゃいいけど。
最初に声を発したのは水渦さんだった。
「お疲れ様です。大倉さん、社長が呼んでいます。話があるそうで事務所に来てほしいそうです」
うん……ピリピリ感は否めないけど一応は礼儀正しいぞ。
水渦さんはキレさえしなければ、硬すぎるくらい言葉遣いは丁寧だ。
これであとは弥生さんが素直に事務所に降りてくれれば、喧嘩にはならないだろう……と思ってたのに。
「なんでクソ水渦寄越すんだ、誠も内線すりゃあいいのによ」
ボソリと悪態をつく弥生さん。
ちょ、そんな言い方しなくてもいいじゃない。
弥生さんの地声はデカイのだ。
当然聞こえてしまった水渦さんは、めり込むほどのシワを眉間に寄せた。
「随分ですね。せっかく人が呼びに来たというのに。今、社内のビジネスホンは一部故障で内線が使えません。出社して周知文を読んでいれば分かる事です。ご存じないという事は、また読んでいなかったのでしょうか? やるべき事もせずに休みだけは取得する……良いご身分です」
はぁ、と大袈裟に溜息をつく水渦さんだが、弥生さんを見る眼は鋭く光っていた。
ちょ、だから、落ち着きましょう? ね?
弥生さんも今は心が傷付いているんだ。
こんな時まで喧嘩を買ったりはしないよね?
「……あぁ? 今なんて言った? クソ水渦がアタシに意見してんじゃねぇよ。ぶっ飛ばすぞ?」
ハイ、買った! 的な。
あーあーあーだーかーらー、
”コンニチハ!”とか”今日は良い天気ですね!”と同じ感覚で”ぶっ飛ばす”とか言わないでくださいって。
ちょ……どうしよう。
この二人を上手く扱えるのは先代とジャッキーさんしかいないのに。
僕一人じゃどうにもならないよ。
最初のコメントを投稿しよう!