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◆
東の空が白み始めた頃。
それは突然姿を現した。
『来た……、』
マジョリカはそう呟くと、胸のペンダントに口を寄せて、なにやら小さな声で話を始めた。
おそらく相手はバラカスだ。
でも、話の内容までは聞こえてこない。
そんな事より……今、アタシは空に釘付けになっていた。
話には聞いていた。
そういったモノが存在するのだと。
悪事を尽くした死者、もしくは心当たりがある死者、そんな後ろ暗い死者達は悲鳴を上げて逃げ出すと言う。
真新しい朝を汚すように。
うんと高い場所から、こちらに向かって伸びるソレは、数種類の黒色が混ざり合い、斑な模様を作ってる。
不安になるほどブクブクと泡だって、まるで煮えたぎる濁流のようだった。
一度は明るくなりかけた空なのに、濁流の撒き散らす大量の靄のせいで、みるみるうちに光を食い潰し、辺りは暗くなった。
「マジョ……あれがそうなんだな?」
ジャッキーがマジョリカに聞いた。
『うん、そうだよ。さっきバラカス経由で白雪ちゃんに連絡したの、現世で百体強の悪霊を拘束中だって。協力者は現世在住の霊媒師、志村貞治氏、大倉弥生氏、岡村英海氏、以上三名だとも。【光道開通部】長、白雪から”深い感謝と最後まで気を抜かず安全を死守してください”との伝言、いま確かに伝えたよ、』
少し前まで悪霊に怯え泣きじゃくっていたマジョリカの横顔は、凛として真剣そのものだった。
背筋をピンと伸ばし、ゴツイリングのついた左手がエイミーちゃんの少し上を指さした。
すると濁流は、その指先に導かれるように流れを変える。
途端、霊鎖に拘束されている悪霊共が悲鳴を上げて騒ぎ出した。
____来るなぁぁぁぁぁっ!!
____助けてくれぇぇぇぇぇぇっ!!
____悪かった! 改心するからぁぁぁぁっ!!
なにを今さら、だ。
マジョリカは騒ぐ悪霊共を一瞥し、すぐに濁流に目線を戻した。
そして、
『ウチラ【光道開通部】の仕事は道を伸ばす事。
善の死者には【光る道】を、悪の死者には【闇の道】を。【光る道】は善の死者を黄泉の国へと導くけど、【闇の道】は悪人達を地獄に流す、』
そうだ、前に先代が教えてくれた。
人が死んだ時。
黄泉の国に逝けない悪人の元には、【闇の道】がやってくるのだと。
その道はマグマのように高温で着けた足裏を焼く。
歩くたびに足の皮が、皮膚が、道に溶かされ削られる。
それでも立ち止まる事は許されない。
痛みと辛さに泣き叫んでも、一定の時間動かなければ、闇の道から闇の触手が無数現れて、霊体を倒され引きずられるの。
そうなれば接地面、霊体全体が焼かれて溶けて、道に癒着し、無理に引っ張られれば皮膚がメリメリと剥がれるんだ。
大抵の悪霊共は、それなら自分で歩いた方がマシだと立ち上がる。
立ったとしても同じ事。
すでに焼かれた足裏に感じる痛みに叫び、泣いて、耐えきれずに再び倒れる。
するとまた闇の触手が現れて……この繰り返し。
これが終点地獄までの48時間、絶え間なく続くんだ。
数時間もしないうち、霊体の肉は焼けて、削がれて、剥き出しの骨になる。
だけどそれで終わりではないの。
霊体は強制的に再生されて、焼ける前に戻される。
救済じゃない。
再び焼かれ癒着し剥がされ、繰り返し苦痛を与える為だ。
想像しただけで身体が縮む。
こんなにエグイのに、あくまで道は道なんだ。
【闇の道】の終点。
本物の地獄に着けば、ここからが本番で、もっと辛い事が待っている。
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