さけぶもの

2/5
前へ
/5ページ
次へ
「絹を裂くような」とは、まさにこのことを言うのだろうか。か細く、甲高い女性の悲鳴が闇夜を切り裂いた。 いや、落ち着け自分。闇夜といっても、まだ9時前じゃないか。それにここはスーパーの屋上にある駐車場。閉店間際ということもあって、停まっている車こそ少ないものの、物騒な事件が起こるような場所では── ……いや、絶対に起こらないとも言い切れないか。照明の届かない場所というのは、意外とそこかしこに存在する。 ああ、このスーパーには今日初めて来たというのに。ただネギを買いたかったが為に、よりによって女性の悲鳴を聞いてしまうとは。 悲鳴なんて、初めて聞いた。ドラマや映画のなかでは何度も聞いたことがあるけど、実際こうして「本物の」悲鳴を耳にすると、全身とりはだが立つんだな。心臓がバクバクするんだな。知らなかった。 いや、今はそんなことを考えている場合ではない。こうしている間にも、恐ろしい犯行が続けられているかもしれないのだ。 だが、能天気とさえ思える僕の思考回路とは裏腹に、両足がガクガクと震え、僕は文字通りその場に固まってしまった。 今ここで回れ右をすれば、僕の車は目の前だ。悲鳴を聞かなかったことにして、ここから逃げるという手もある。想像のなかでは僕はケンカも強く、度胸のある男だが、現実はこのザマだ。恐怖に足がすくんで動けない。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

16人が本棚に入れています
本棚に追加