七草誉は偏食家

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 金木犀が匂いたつ日。  木の葉の手紙が一通舞いこんだ。 「拝啓、七草誉様。私目は野狐禅を極めし古狐、千匹の野狐を従えた大妖怪、凶事の流れ星、狐狸の総大将にして一匹の父親、名を近吉と申します――なんだこれ?」  手紙にはつづきがあった。 「風の噂から誉様が「偏食克服料理帖」を編纂中であること、ご自身もまた偏食家であることを小耳に挟みましたゆえ。何卒、我が息子の偏食癖克服にお力添え願えればと、筆を執った次第であります――風の噂って、井戸端会議かな」  小学生のイタズラかな、と首を傾げつつ手紙の末尾に、うっと息を詰まらせる。 「明夜、廃寺草庵寿にてお待ちしております。敬具、草庵寿の近吉」   草庵寿とは町外れにある廃寺の名前である。  夏場の肝試しの定番スポット。神仏習合の名残なのか鎮守の森と苔むした鳥居がある。田畑の中でぽつんねん、芒野原に囲まれて、如何にも狐や狸が棲んでいそうな、厳かな雰囲気があった。  昔の子供は寺で遊んでいたそうだけど、わたしの時代になると幽霊だとか妖怪だとかの噂があって、誰も近づいたりしなかった。大人だって馬鹿な真似はしない。  なんだか近づいてはいけないような場所。妙な空気が漂っていることは漠然と知っていた。  いたずらにしても廃寺に呼びだすなんて物好きだな。  わたしは机に置かれていた木の葉を、そのまま放置した。  田舎だから二階だからと鍵を締めていなかった窓辺に立ち、屋根瓦に子供の足跡を探したが、とんと見つからなかった。庭の垣根も荒れてはいない。では犯人は家族の誰かだろう。
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