七草誉は偏食家

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 偏食悪食の名のままに粗食。味噌汁と漬物があれば十分だけど、栄養素を考えることが偏食料理の許可を得る条件だった。きっかけは食事ストライキを起こしたわたしの癇癪。見かねた祖母が学習帳を差しだして「じゃあ自分で健康に責任をもちなさい」と。  それから家庭科の教科書や資料集がフェイバリットブックだ。もちろん料理の先輩である祖母と母親が先生になった。  料理を終えて洗い物を済ませる。配膳したプレートを食卓に運んで席につく。お茶は梅肉の緑茶。冷めたら美味しくないので夕飯は家族よりも先にはじめる。ゆっくり噛んで食べるので途中から家族団らん。毎日の出来事を報告する。 「お母さん近所でわたしの偏食ノートについて話した?」 「どうだったかしら。流れで話したことあるもしれないわね」 「ふーん……ならべつにいいんだけど」  別皿に取りわけていたズッキーニ焼きは豆乳マヨネーズを垂らして、兄が食べている。  ほうれん草のサラダは白胡麻ドレッシングをかけて、祖父母が食べている。  高野豆腐の煮びたしは晩酌の肴にして、両親が食べている。  姉は生ける屍。厳しめの運動部員なので帰宅直後はいつも畳に転げている。  それら所謂「ベジ料理」にくわえて母親の肉料理が食卓に並べられている。豚肉の野菜炒め大皿盛り。脂身の甘さがほのかに広がる。家族分の一夜干しの白身魚。尾っぽの焦げた匂いが食欲をそそる。鶏肉の竜田揚げ。さっぱりした濃味に箸がすすむ。  昔は食べたこともあった。腥(なまぐさ)を絶つ以前のこと。味はうろ覚えだ。  温かい湯気が天井の蛍光灯をぼんやりと包んでいる。良いことも悪いこともない日常に安堵する。夕飯後は苦手科目の復習。明日の支度を整えたら烏の行水。湯たんぽ布団に潜りこんで朝を迎えるだけ。  何気ない一日は何事もなく終わるはずだった。  妖怪の迎えが来るまでは――。
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