狐の迎え

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 草木も眠る丑三つ時。布団越しに肩を撫でられて目が覚める。  寝ぼけ眼で身を起こせば、ベッドの縁に赤い花笠を被った雌狐が、うっとりとした顔で、細長い顎を乗せていた。視線を交えれば頭を垂らして「夢路と狐道を繋いで迎えに参りました」と言う。 「稲大明神の名代として参りました、送り狐でございますれば」  雌狐はわたしの腕を掴んで一生懸命に布団から誘いだそうとしている。可哀想になって自ら起きあがり二枚布団の褞袍(どてら)に腕を通した。  寝ぼけ眼に獣毛が温かい。微睡んでいると矢庭に手を握られる。鋭利な爪は丸められて恐怖すら感じない。肉球の柔らかな感触からして明晰夢に違いなかった。 「ささお急ぎくだされ」  雌狐は爪先を鳴らしながら八畳の部屋を先導する。のらくらに窓辺まで着いていけば、窓が開いていた。鍵は意味をなさず夜風が吹きこんでいる。  目の錯覚か、覗きこめば外は暗闇で、奥も手前もうかがえない。薄らに甘やかな霞がかかっている。吸ってみると甘露の味がした。不思議なことに舌の根本に響いた。夢にも薫りがあるのだった。
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