狐の迎え

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 手を引かれるまま、サッシを跨いで暗闇に踏みこめば、目隠しの如き視界の悪さ。月も星も浮かばない夜空で、周辺の家は尽く消灯されている。道端の蛍光灯もない。犬も猫も鳴かず虫の気配もなかった。ただ木枯らしが吹いている。洗い髪がどんどん冷えていった。  辻風に煽られながら道なき道を歩いた。心の縁は先導する雌狐だけ。  褞袍(どてら)に腕をつっこんで震えていると、雌狐が袂から赤い提灯を取りだした。 「この鬼灯で暖を」 「これ、なんか温かい」  差しだされた提灯は大きな鬼灯だった。両手で掬うようにして支えれば調度いい。触れていると身体の芯まで温まった。提灯は熟れた実を火種としている。赤い殻の中で揺れる朧げな火。眺めているだけでも温まってくる。懐に抱えてぬくぬくと褞袍にしまいこんだ。  雌狐はさしたる素振りもなく歩きはじめる。問いかければ二言で口を結んだ。 「アカカガチ市で買ったものにございます」 「そんな市……聞いたことないけど」 「妖かしの屠場、肉市でございますれば」  うっと息を詰まらせる。提灯から腥の臭いがする気がした。  雌狐は鼻先を袖下に隠して「ほほほ」と怪しげな声で笑った。
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