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若君(狸)のこと
妖かしの狢(むじな)が棲むに相応しい荒れよう。
気がつけば廃寺、草庵寿の楼門前に佇んでいた。瓦屋根から雑草が生えている。夜風に揺れて綿の胞子がぽっぽっと噴射されていた。異界の植物に違いない。夢ならば想像力豊かで済む話だが、ここにきて夢か現かの境目が曖昧になっていた。
芒野原は視界を塞いで草ぼうぼう。小穂が擦れあって内陸の潮騒を鳴らしている。煩いほどだった。何処からか蒲の穂綿が飛んでくる。振りかえってみれば、背後、来た道が失せていた。
わたしは今も自室の布団に包まって寝こけている。そう思いたかったが、懐に抱えた提灯が脈打つのだ。鬼灯は植物であるから心臓はない。あるのは水を吸いあげる葉脈だけ。それが鼓動のように動いている。言うなれば偏頭痛の轟きに似ていた。血管が膨れるように鬼灯が脈打っている。
怖気づいて身じろげば雌狐が目の玉を光らせた。
足底の土踏まずに小石が刺さる。裸足のまま歩いてきたのだ。
「いちど家に帰って……」
「既に稲大明神様が庫裏(くり)に」
雌狐が褞袍(どてら)の袖に爪を立てて一生懸命に腕を引いている。何やら楼門を潜ることが怖ろしくなって体重をかけて踏みとどまった。
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