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それから三ヶ月が過ぎた十一月の終わり。成瀬君が年明けにニューヨークへ異動することを知った。
「成瀬課長、あの若さで本当にすごいよね。出世街道まっしぐらって感じ」
「いいなぁ。奥さんになって、一緒についていきたいわ」
「ニューヨークの街で成瀬課長と並んで歩くなんて、考えただけで興奮しちゃうわ」
会社のロビーの掲示板に貼られた社内報を見て、若い女の子達が黄色い声で各々話している傍を通りすぎる。
富士山を降りてから、私は成瀬君との別れを選んだ。
そうするのが一番正しいと思ったからだ。
寂しそうに微笑みながらも、成瀬君は私の意見を汲んでくれた。
「お前って、本当に律儀というか健気というか……損な性格だよな」
そう言って電話の先で遠藤君には笑われた。
成瀬君の隣りに並んでも決しておかしくない、可愛い女の子。
成瀬君のことだけを見ている女の子。
きっとそんな人といる方が、結局は成瀬君は幸せになれる。
それに、私への真っ直ぐな想いを貫いてくれていたあの人の気持ちに応えるには、こうするべきだと思ったから。
それが、私の出した答えだった。
別れを告げてから、たまに廊下などで成瀬君とすれ違うことはあったけれど、それ以外で会うことはなくなっていた。
最初に出会った頃と同じで、たまにすれ違えば小さく笑って会釈する。そんな間柄に私達はまた戻った。
通勤時や帰宅時、朝のジョギングでも成瀬君には会わなかった。
そうしてまた、以前のように寂しいお局様に戻った私は、特に何の変化もない日常を暫く過ごしていた。
その何の変化もなかった御一人様な日常に、変化が現れたのは、十二月の半ばにさしかかった時のことだった。
仕事が休みの日、それは突然起こった。
「うっ」
昼御飯のおかずを作っている最中のことだった。
炊いている途中のお米の匂いが鼻についたと思った瞬間、言い様のない胸の不快感が一気に襲ってきた。
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