ニヒルな王子

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言いたいことは山のようにあった。けれど、そのことがずっと私の心に引っ掛かっていたのもあるかもしれない。 目の前に佇んでいるあの人の手が、私の頬へと伸びる。 「いいんだよ」 温かくて、ごつごつした男らしい大きな手の感触が伝わってくる。 「私、あなた以外に……」 好きな人がいると告げようとした時、視界が一気に歪み始めた。 懐かしいあの人の姿も、富士山から見える美しい景色も全て、輪郭が少しずつ崩れていく。 「雅司さんっ」 まだ消えないでと、どうにもならない感覚の中で必死にもがこうとしていた。どんどんあの人と周りの景色が薄れていく中で、私は確かに聞いた。 「トシ。幸せになれ」 その言葉と共に一瞬だけ、私が大好きだったあの人の笑顔が浮かび上がり、そして消えた。 私はあなたがいないこの世界で、一人だけ幸せになっても良いの? そう思った時、成瀬君の笑顔が目の前に現れた。 「敏子さん」 成瀬君が目尻にしわを作りながら、優しい顔で微笑む。 私のことを一番に考えてくれた優しい人。 マイペースで、でもどこか憎めなくて。 七つも年下なのにしっかりしていて。 爽やかで格好良くて。 気がつけば、私は貴方の太陽のような温かさに惹かれていた。 「雅司さん……成瀬君と幸せになれって言うの?成瀬君のところへは……今更戻れないわ」 嘘。本当は会いたい。 成瀬君に、会いたい。 目尻から耳の辺りにかけて、涙が流れる感覚にやがて気づいた。 ゆっくり目を開けると、目の前に広がっていたのは富士山から見える景色ではなく、病院の白い天井だった。
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