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成瀬君が、手の中に丁度収まるくらいのそれを開けながら私に問いかける。
「敏子さん、愛してます。俺と結婚してくれませんか?」
愛しい人がそう言って、私の大好きなその笑顔で微笑む。
成瀬君が手にしていたもの。
それは、指輪だった。
涙で視界が滲む。
もしかしたら、出産後で疲れはてているのもあるのかもしれない。
成瀬君に傍にいてほしくて。成瀬君に寄り添いたい気持ちが、こんなにも溢れている。
あれだけ一人で生きていこうと思っていたのに。
成瀬君の傍で生きていきたいと、心の底から願う自分がいる。
ーートシ、幸せになれ。
あの人の声が、もう一度聞こえた気がした。
「……はい」
私が答えると、成瀬君が淡い水色の箱から指輪を取り出し、私の左手をとってそれを薬指にはめた。
指輪はきつすぎることも緩すぎることもなく、私の薬指に丁度良いサイズだった。
それは仕事の帰り道にある、ジュエリーショップの前を通りかかった時に見たあの指輪だった。
秘かに心を奪われていた、ポスターの美しい女性と共に硝子のケースに飾られていた、ダイヤの指輪。
「ありがとう。……すごく綺麗ね。それにぴったり。サイズなんて教えてなかったのに」
涙顔のままで私が笑うと、成瀬君も微笑んだ。
「クリスマス前にオーダーしてたんです。敏子さんが眺めていたあのジュエリーショップで。クリスマスイブの日が受取日だったので取りに行って。妹がどうしても俺が選んだ指輪を見たいって聞かなくてついてきて。結局、今日まで渡せなかったんですけどね」
あの人の指輪を私がはめた時に緩かったのを見て、再度サイズ調整の依頼をしに行ったと言いながら、成瀬君が涙でぬれた私の頬を拭ってくれた。
「身体が少し落ち着いたら、子供のところにも行きましょう。すごく可愛いですよ」
「そうね。早く赤ちゃんに会いたいわ」
成瀬君が笑顔で頷きながら、指輪をはめた私の手をそっと優しく包み込んだ。
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