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「レイジ。今さら行きたいと言えなくなったんだろ? 意地を張るなよ」
僕に向ってそんな勘違い発言をする不届きな友人が数人いた。
「あんな化けモンがいる星に住めるかよ」を枕詞にして、毎回異なる理由を少しずつ付け足していた。仕方ない。行きたくない理由はひとつではないのだから。
新しい星は地球と同じように海の割合が多く、遠くから眺めると青い星に見える。
しかし目を凝らすと海底には動く影がある。
人間には全く危害を加えないと喧伝されてきた巨大生物だ。
『ルエカ』と勝手に名付けられていた。
体長は日本列島がすっぽり収まる大きさで、両生類に近い形をしている。海面から姿を出すことはなく、生まれてから死ぬまでの間、ずっと海底をさ迷い続ける。
僕はルエカの影を撮影した衛星からの映像を何度も見てきたが、腰が抜けそうな脱力感が毎回下半身を襲った。実際に肉眼で見たら、失禁では済まないだろう。ゾッとする巨大な生命体なのだ。
「そんな生物くらいでビビルなよ。安全な生き物であることは確認が取れているし、仲良くするくらいの気持ちで行かないと駄目だろ」
「日本の地下の方がよっぽど危険な生物がうじゃうじゃいるよ」
「ルエカは、遠い昔に人間が星にばら撒いた生物が交配を繰り返して生まれたと言われているだろ? つまりは生物の最終形態なんだよ。思い切って言いかえるなら、かぎりなく神の容姿に近い生き物と言ってもいいと思う」
こんな風に、友人たちは勝ち誇った表情と語気で僕を巻き込もうとする。
「ルエカに早く会わせてくれ! 彼らは救いの神だ!」と街角で絶叫する人間が出現し始めた時期、愛国心を流布していた政治家たちは、一人も残らず星に行く決断を下していた。政治家に限らず偉そうなことを吹聴していた連中のほぼ全員が、僕の前から姿を消した。
他国と比べて日本が豊かであるうちは良かったものの、見劣りし始めると彼らは手のひらを返して国を捨てたのだ。日本が衰えたのは事実だが、平和であることに変わりはない。
それでも彼らは飛び立った。
日本に残っている人間は、もはや数えるほどしかいない。
彼らと偶然出会うことはほとんどないような気がする。
あまり期待しないことにした。
いくら島国でも、ばったり出くわすには広すぎる。
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