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僕が今空を見上げている場所は、アキナとの思い出の地。
視界を遮るものが何もない、坂の上の草原。東京では珍しい場所といえる。
元々ここには古い歓楽街があった。企画倒れで終わった5回目の東京オリンピック誘致のために容赦なく更地にされてしまい、活気に溢れた当時の街の残影を忍ぶことはもうできない。
空が圧倒的な存在感で覆いかぶさり、肉食動物の視野では収まりきらない広大な風景だけを残している、隠れた名所だ。
僕は特別気に入っている。ここで横になっていると、空に落ちそうな感覚に襲われるが、同時に地球の引力に感謝し安堵することもできる。
アキナと二人で遊びに来た際は、目を瞑り小さく笑いながら突き出された唇が、僕の視界に何度もまぎれ込み、地上に引き止めさせる新たな引力になった。
「空のない世界のほうが、絶対人間らしい生き方ができるわ」
アキナはこう言って僕を困らせ、沈黙させるのが得意だった。
僕は草の上で寝転がり、思い出を振り払うかのように空に向けて腕を伸ばした。そしてまるで日本そのものを鉄格子の中に押し込めているかのような、宇宙船が空に残した白い航跡を握り締めた。
「支配されているのはお前らだよ、ばーか」
言葉は誰にも否定されないまま宙に浮く。僕はもう信じたものになれるし、なりたいものになれる。主義・主張は一切の検閲を気にしない。
一人であるというのは、そういうことだ。
完全な自由を手に入れた。
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